第24話 大穴修繕

「うう……」


 登校して自分の席で頭を抱えているナナエ。遅刻はしなかったものの、まともに朝食も食べられずに見た目も整えられず、朝から疲労困憊状態である。

 そんなナナエに隣のクラスメイトが声をかけてくる。


「ナナエちゃんどーしたの?」

「いえ……少々疲れ気味で」

「大丈夫? 保健室に行ったほうがいいんじゃない?」

「……そこまでの問題ではありません。精神的疲労というかなんといいますか……」


 ここでクラスメイトはナナエの手を掴んで、


「何かあったら言ってね。力になるから!」

「そ、そんな大したことではありませんよ。何か力が必要になればちゃんとお願いしますので安心して下さい」


 ナナエは慌てて手を振って無事アピールをする。本当にこの学校はこういう誰かのために尽くしたがるのばっかりなんだな。こういう純真な連中は底辺世界には来てほしくないもんだ。心が真っ黒になって欲しくない。

 同時にナナエの適正値が低いっていうのもよくわかるわ。よく英女に選ばれたもんだ。


「何かいいましたか?」

(いや別に何も?)


 そう小声で突っ込まれたので、心の声まで聞かれているんじゃないかと一瞬ドキッとしたが、ちょっと声がナナエに漏れていたらしい。とりあえずはぐらかしておく。


 クラスメイトはまだ不安そうな表情で、


「それに今日は修繕作業の日だから大変だと思うよ」

「……あー、そうでした。まあでも私は見張っているだけなので」


 そんな話をしていると始業のチャイムがなって担任(高等部の生徒)が入ってくる。


「今日は大穴の修繕作業を行います。全員、運動着に着替えて校庭に集合して下さい」


 そうとだけ伝えると教室から出ていく。

 ここで教室内の生徒たちが雑談に興じながらジャージに着替え始めたため、ナナエは慌てて外に飛び出した。さすがに俺も覗き見しているみたいで気分が悪いからこれでいいんだが。


 その後、英女の更衣室でナナエは着替え始めた。今日も制服のしたに短パンとシャツを着ている。


(修繕作業ってなんだ?)

「大穴の中は見たでしょう? 戦闘があると破蓋の攻撃で設備や陣地が壊されるのでその修繕をするんです」

(この学校の生徒が? 大人の専門の業者に作業を投げりゃいいだろ)

「大穴は神々様の力で侵略者である破蓋と戦う神聖な場所ですよ。そこに立ち入って直すことが認められるのも英女の資格があるこの学校の生徒だけです」


 うあ、やっぱりこの世界めんどくせえ。

 俺は頭を抱えつつ、


(あんな危ないところで働かせるとか親は文句を言わないのかよ。危険すぎるだろ)

「おじさんの世界ではどうかは知りませんが、この神国では神々様は絶対であり不変の存在です。その神々様に選ばれるということは大変名誉なことなので、その力を守ることに抗議するような親はいませんよ」

(本当に?)


 俺が念を押すと、ナナエはややたじろぎながら、


「いえ……まあ信仰心の足りない大人もいるでしょうけど、そういう親はそもそも英女の学校に送り出したりはしません。途中で不安や危険を感じて呼び戻す親もいるらしいですが……」

(それ聞いて安心したぜ。変な宗教に洗脳されている国ってわけじゃないってことだからな)

「洗脳とはなんですか洗脳とは。この世界における神々様の役割を考えれば――」

(はいはい)


 俺は適当に聞き流しつつ、


(にしても、全員じゃないとはいえ随分その神々様っていう存在の信仰が強いんだな。俺にはよくわからん感覚だ。そもそも神っていうのは俺の敵だったし)

「は? なんですか、おじさんは破蓋ですか? 破却しますよ」

(いきなり問答無用に殺そうとしてくるなよ、物騒なやつだな……清掃の仕事をやる前はスーパー――大きめの商店に送る食品とか菓子とかを仕分けする仕事をやっていたんだがな。そこでいろいろ神様ってやつから嫌がらせされまくったんだよ」

「一体何があったんですか……?」


 なんか興味津々に聞いてくるナナエ。神様の部分に反応しているらしい。


(そこでな、生産している工場とか倉庫から商品がたくさん送られてくるんだよ。で、俺がそれの数が発注した通りあっているかどうか一つずつ確認していく。検品っていう作業なんだが。それで数が無茶苦茶多いんだよ。一つの商品が数十個つまっていて、しかもそれが数百商品あるわけだ)

「確かに大規模商店の商品はすごい数ですね。あれを全部やるんですか?」

(その倉庫で取り扱っている商品だけだから全部じゃないが、やっぱり数が多い。それを一つ一つ機械とか使って確認していくんだが、これがめちゃくちゃ時間がかかる。しかも、途中で間違っていたらどう間違っているのか詳細を調べたりするのが大変だが、途中で別の作業が入ったらそっちにいかないといけない」

「それと神々様となんの関係があるんですか?」


 ナナエの指摘に俺はチッチッと、


(ここからが本題だ。そんなに数があるわけだからどうしても途中で時間が足りなくなる場合がある。だからそういうときまれに面倒だから検品せずに確認済みにするんだよ。倉庫に納品してくる業者も一応数えてきているから基本間違えてないはずだし。でもさあ、数百種類でたった一つ確認を飛ばしただけなのに、その一つが狙ったように数が間違っている時があるんだよ。他のが間違ってりゃいいのになんでよりによって飛ばしたやつが間違ってんだ? これはもう神様が俺に嫌がらせをしているとしか思えないね)

「それはおじさんがただ手を抜いただけでしょう!?」


 鋭いツッコミを飛ばしてくるナナエに、


(いやいや待て待て。確かに手を抜いた俺が悪いのは認める。でもさー、こっちも仕事が忙しいんだからどうしても作業を飛ばしちゃったりするだろ。そこで狙いすまして嫌がらせみたいなのをしてくるとか神様の仕業としか思えねーじゃん?)

「ああ、それは確かに神々様のしたことですね。手を抜こうとしたおじさんに天罰を食らわせたのです」

(業務に差し支えるようなことはやめて欲しいわ、マジで。仕事忙しくて大変なのにそんな教育論だの精神論は必要ないんだよ。さっさと仕事終わらせて帰りたいんだから神様ってのも足を引っ張らないで欲しいもんだ)

「おじさんの駄目っぷりにはもう頭痛がしてきます……」


 戦闘服に着替え終わったナナエはもう完全に頭を抱えてしまっていた。

 ここで更衣室の扉が開き、ミナミが入ってきた。


「あ、ナナ、もう来てたんだ。ごめんね遅れちゃったよ」

「ミナミさん、昨日の傷はもう大丈夫ですか?」

「へーきへーき! 傷一つないよ! 今日も私を守ってくれるナナを私が守るからね!」


 そんな談笑をしつつ、ミナミが着替えだすので、ナナエは適当な理由を言ってから一足先に校庭へと向かった。

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