第25話 私を守ってくれる
目の前には不気味で底の見えない大穴が広がり、その中を10~18歳ぐらいの女子生徒たちが次々と降りていく。はっきり行って異様な光景だ。
しかし、生徒たちはやや緊張感がありつつも、友達と雑談したりと特に恐れをなしている感じはなかった。神々様への信仰心とか、英女の適性としての自己犠牲心とか、多分そういった理由でなのだろう。
生徒たちは地上から昇降機で第1層まで降りた後、修繕道具を持って螺旋階段を降りていく。
ナナエはその先頭を歩いている。ミナミはその後ろを別の一般生徒と雑談に興じながら追ってきていた。
すでに第1層辺りでは修繕や施設の補修が始まっている。そのあたりまで破蓋が侵入してくることは最近ではないらしくせいぜい電灯の交換や階段に問題がないか確認する程度だ。しかし、戦闘が多い3~6層は階段が壊れたりしているので直すところが多い。
そんな感じで1層ずつに修繕担当の生徒たちが残るため、第6層にたどり着く頃にはだいぶ列は減っていた。にしても降りるだけでえらい時間がかかるな。補修機材とか数人で抱えているから体力も相当減るだろう。
修繕作業は1日がかりになる。で、その間英女であるナナエとミナミの役割は見張りだ。なんせ破蓋はこっちの都合なんてお構いなしなもんだから、修繕作業をやっている最中にも浮上してくることがあるらしい。もしそうなった場合、最下層である第6層で破蓋を迎撃しつつ、他の生徒達が大穴から脱出するまで粘るか、そこで倒してしまうかのどっちかになる。
そんなわけで最下層の更に下でナナエとミナミは見張り番だ。階段が途切れている場所のところに座ってただぼーっと待つばかり。
やることがないのでミナミは近くの修繕作業を行っている生徒の手助けをしていた。
にしても。
(おい、あまり下を見るなよ。怖いだろ)
「え? なんですか?」
(やめろっつてんだろっ)
ナナエの奴が嫌がらせみたいにチラチラと大穴の底の方に視線を向けるが、マジで怖い。真っ暗で何もなくきれいな縦穴。落ちたら地獄の果まで落ちていきそうだ。
「大丈夫ですよ。壁のところから幾つかロープが垂れ下がっているのが見えるでしょう? あれは丈夫に作られていて深度10000近くまで降ろされています。万一落下した場合は上手く空気に乗って壁に近づき、あれをつかめば助かります。あくまでも緊急用措置ですけどね」
(そりゃ、お前なら大丈夫だろうけどな……)
こちとらただの底辺労働者だが、あいにく危険度の高い現場は避けていた。こんなアクロバティックなところで働いた経験とかないから恐怖しかない。
(てか、落ちたやつっているのか?)
「いますよ。戦闘で破蓋の攻撃を受けて落ちるなんてことはまれにあります。あと、修繕作業の最中に生徒が落ちてしまうこともあります。その時は私達英女が助けなければなりません」
うへえ。やっぱりこの作業危ないなんてもんじゃないな。安全義務違反すぎるだろ。せめて割のいい手当とかつけてやるべきだな。
「ナナー、なんか言った?」
「いえなんでもありません。ちょっと下の方を見ていただけです」
ここでミナミが上から降りてきた。
ナナエは上の方を眺めながら、
「修繕の方はいいんですか?」
「うん、私が手伝えそうなところはもう終わったし、あとはみんながやるって」
ミナミはすっと大穴の底の方を見る。
「1年ぐらい前だっけ、私がドジって足を滑らせて階段から落ちちゃったんだよね。ナナも別の作業をしていたから気がついたときには第6層より下に落ちちゃってた。でもナナはすぐに飛び降りて私を助けてくれた」
「英女として当然のことをしただけです。そのために私は今ここにいるんですから」
そんな二人の会話を俺はじっと黙って聞いている。ここよりも下に落ちたってことは緊急用のロープに捕まったってことか。落下しているミナミをキャッチしてつかむとか手が摩擦で焼け切れそうだな。ある意味不死身のナナエだからできる芸当かもしれない。
「だから、ありがとうって」
「……それはもう何度も聞きましたよ」
「何度でも言うよ。私を助けてくれたんだから」
ミナミは顔を上げ、
「だから私は私を守ってくれるナナを守るって決めているんだ。あの時死んでしまっていたはずの私を守ってくれたおかげでこうやって英女になってナナと一緒に戦っているからね」
「駄目です」
「え?」
いきなりナナエから拒絶の言葉が返されてぽかんとしてしまうミナミ。
「私を守る前に自分を守って下さい。そして……いずれ英女の力がなくなるまで生き延びて下さい。そうして、世界を守る――それが私達の役目です」
ナナエの言葉はどこか尖っていた。きっと何度も仲間と死に別れているからだろう。
ミナミはしばらく黙っていたが、やがて、
「……うん。ありがとう」
そうとだけ言った。
ここでちょうどスマフォの着信音が鳴り響いた。ナナエとミナミの顔に緊張が走る。着信相手は先生だったからだ。
ナナエはすぐに応答のボタンを押した。
『修繕作業の監視、お疲れ様です。しかし、問題が生じました……敵です』
先生の声がナナエを通して俺にも聞こえてくる。敵、つまり破蓋が浮上してきたのだ。
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