第60話 生き残れ
二人は学校の保管庫にあったありったけの武器を持って大穴の前に立つ。
ナナエの肩にはいつもの大口径狙撃銃が背負われ、それとは別に手には自動小銃が握られている。腰には拳銃と手榴弾数個。体中のポケットには弾倉が詰め込まれていた。
一方のヒアリは鉈二丁を腰から下げている。念のために腰に拳銃は持たせてあるが、銃の扱いはうまく出来ていないのでこれだけしか持たせていない。代わりに山積みの弾薬の入ったバッグを抱えている。
やたらと大量の武器弾薬をもってきているが、理由は浮上してきた破蓋が新型だからだ。最下層での観測では形状もはっきりせずどんな相手なのかさっぱりわからないので、いろいろ持ってきておくに越したことがない。
(というか、わざわざ持ってくるより大穴の中においておけばいいんじゃないのか?)
(置きっぱなしにしておくこともあるんですが、放置されたまま調整とかしてなかったせいででいざ使おうとして動作不良で使えないということが過去にあったんですよ。学校においておけば担当の生徒が手入れをしてくれますから)
なるほどな。破蓋が浮上してくるまではある程度時間はあるし、英女のバカ力なら持ち運びはさして苦にもならない。なら戦闘ごとに持っていったほうが安全ってことか。
「行きますよ」
「うん!」
二人は大穴に設置されている昇降機で下に向かって降りていく。ここから第一層まで降りて、そこからはいつものようにジャンプで降下だ。
現在の時刻は午前3時25分。破蓋の第6層到達予想時刻は午前3時51分。前回みたいに早く来る可能性もあるが、今の所第6層直下の観測所で破蓋が現れたという報告は来ていない。
ふと、俺がヒアリの表情に気がつく。勇ましく強気に振る舞っているようだったが、眉毛が「\/」な感じで口が「V」みたいにこわばっていた。
ナナエもそれに気が付き、
「大丈夫ですか?」
「全く大丈夫だよへーきへーき」
ヒアリは気丈に振る舞うが緊張しまくりで首をこっちに向けるのもぎこちない。まあ仕方ないだろう。なにせ死ぬかもしれない戦いに行くんだからな。
ナナエは首を振って、
「そんなに緊張しなくても大丈夫です。ヒアリさんは今日が初めての戦闘ですので、難しいことをやってもらうつもりはありませんから」
そう言い終えたと同時に昇降機が第1層にたどり着く。
「一気に第3層まで降ります。ついてきて下さい」
「あ、待ってよー」
二人は大穴の下へとめがけて降りていく。
――――
「ふえー、すっごい怖かった……」
第3層でがっくりと膝をつくヒアリ。まあ怖いよな。足を滑らしたら何があるのかわからない大穴の底まで真っ逆さまだし。俺も相変わらず怖いし。
とはいえ、時間がないのでナナエが作戦について説明を始める。
「現在時刻は午前3時34分。破蓋の第6層到達まで20分を切っています。今の所、第6層直前の観測機から破蓋到達の情報は届いていません。なので予測よりも早く到達していることはないでしょう」
「じゃあここから二人で第6層に降りて戦うの?」
「いえ、ヒアリさんもおりますが第4層と第5層の間で予備の弾薬を持って待機してもらいます。そこから下は私一人で行き、新型の破蓋と戦います」
「えっ――」
ヒアリは驚いて、
「で、でも私もここに来て訓練したんだから大丈夫だよっ。戦えるよっ」
そう必死にアピールしてくる。だがナナエは首を振って、
「相手は新型です。ヒアリさんの適正値の高さは認めますし、すでにかなりの戦闘能力を保持しているのも認めます。既知の破蓋であれば一緒に戦ったでしょう」
「そ、それなら……」
「ですが、今回は新型なんです」
ナナエの語気が強まる。新型。ミナミの命を奪ったのも新型だった。電動シェイバーの形をしていたが、実は着脱可能な外刃と本体が別々の破蓋であり、ナナエが本体と戦っている間に、ミナミは外刃の破蓋と戦って勝ったものの、最後は息絶えてしまった。
しかし、ヒアリはそれでも引かず、
「大丈夫だよ! 私頑張るから! 私もナナちゃんを守りたい! だって……だってそうしないと私――」
「私が英女に選ばれたときに組んだ仲間がいました」
「…………?」
唐突にナナエが話の流れを変えたのでヒアリが首を傾げる。だが、ナナエは構わずに話を続けた。
「その人は3歳年上の先輩で、3年間破蓋と戦い続けていた経験者です。適正値の低く成長の遅い私にも根気よく鍛えてくれました。しかしながら、私がある程度戦えるようになったときに現れた新型の破蓋によって戦死しています。理由は攻撃をされた後、破蓋から離れられなくなってしまったからです。そのまま押しつぶされてあっけなく英女の役目が終わりになりました。後日調べたところ、その破蓋の正体は絨毯を掃除するために床をころころ回してほこりを取る粘着紙だったそうです」
「…………」
ヒアリは黙って聞いていたものの、口を抑えてその目には涙が浮かんでいた。
粘着紙ってあのカーペットのホコリや髪の毛を取るコロコロってやつか。あれにべったりくっついた後にコロコロされるとか想像もしたくない。
ナナエはさらに感情を押し殺したまま続ける。
「2人目は音響装置の拡声器の破蓋が現れ、遠距離から大音量での衝撃を与えられて戦死しました。音といっても破蓋の力を使えば人を押しつぶすぐらいのことも出来ます」
「3人目は牽制目的で接近戦を行ったところ、突然戦死しました。自動車用の充電装置が元の破蓋だったため、触れたと同時に高圧電流による攻撃を受けたためと推測されています」
「4人目は殺虫剤の道具で発射された殺虫剤が直撃し、体内に入った毒が全身に回って戦死しました」
「5人目は2つの破蓋が一つに合体して一体の方に振る舞っていました。そのため私が片方を倒している間に破蓋と激闘を続け、倒しましたが、命を落としてしまいました」
「…………」
ヒアリは黙って聞いているが、さっきまでと違い、今は恐ろしさを感じているようだった――いや、よく見るとなにか違う。その視線はナナエに向いてきていて、なにかの感情を訴えているように見える。なんなんだ?
ナナエは補足して、
「これらのときに戦った破蓋はすべて新型なんです。つまり新型は非常に危険であり、戦闘慣れしていないヒアリさんを連れて行くことは出来ません。私の能力についてはすでにヒアリさんも先生から教えてもらっていると思いますが」
「う、うん、どんなに怪我をしてもすぐに治る不死身の能力だって」
ヒアリの答えにナナエは大きく頷き、
「そのとおりです。私は死にません。そのためこの能力は新型の破蓋と戦うためにはとても有効なんです。どんな不意打ちをされても必ず蘇りますからね」
「でもでも! それでもすごい痛くなるって聞いたよ! 私そんなナナちゃんを見てると――」
「そのへんは私なりに対処方法を見出しているので問題なくなっています。適正値の低い私でしたが、知恵を振り絞ってここまでやってきたんです」
ナナエはふふんと大げさに自慢げに答える。問題ないというアピールのつもりだろう。
てかその対処方法って俺が痛いのを我慢するってやつだろ。頑張るのは俺じゃないか、まったく。
ヒアリはそこまで言われるとしゅんとなって、
「わかったよ。ナナちゃんのいうとおりにします」
自分の力が役立てないということにショックを受けたのかヒアリは元気をなくしてしまうが、ナナエはまた首を振って、
「大丈夫ですよ。本当に不要ならばそもそも大穴には連れてきていません。ヒアリさんには弾薬が足りなくなった場合、こちらに持ってきてもらう役割をお願いします。地味で戦闘に直接関係しませんが、私の持っている銃の弾がなくなれば戦えません。ヒアリさんの任務は非常に重要ですよ。胸を張って下さい」
その説明を聞いたヒアリは目を輝かせて、
「わかったよ! 縁の下を支えるのも重要だからね! 私がんばっちゃうよ!」
そういつものテンションに戻った。
ナナエは多すぎる弾薬を一部に絞り、かばんに詰め込み身につける。別のかばんはヒアリに複数もたせた。残りの弾薬はここに残して、なくなったらここまで取りに来るということだ。
「では、ヒアリさんは第4層の底、私は第6層まで一気に降ります!」
再び二人は大穴を飛び降りていった。
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