第59話 3週間ぶり
経験上の話だが、○○がなければいいなとかいうと、だいたい○○が起こる。それもすぐにだ。まさしく神様の嫌がらせとしか思えない事例の一つだ。
なので破蓋がもう来なけりゃいいなと思った途端にこのザマだ。
どこからともなく物騒な音が聞こえる。こう地震とか津波とかが起きたときになっていそうな警報音だ。その音はどんどん大きくなってきて俺の頭の中で乱反射する。
(……なんだようるせーな)
ぐっすりと寝ていたところで叩き起こされたので意識が朦朧としている。しかし、視界はまだ真っ暗だ。部屋の中に光が入らないよう窓はしっかり塞いであるのでそれは当たり前なんだが、身体が動く感じも瞬きする感じもなくスースーという寝息も聞こえるのでナナエはまだ眠ったままらしい。
このままではこの物騒な音の正体も止める方法もわからないので、
(おーい、なんか鳴ってんぞ。起きたほうがいいんじゃないか?)
「!」
そう呼びかけてみると、突然ナナエがガバっと起き上がった。そして、枕のそばに置いてあった携帯電話をすぐに手にとった。ディスプレイが明るくなっていてその光で部屋も照らされている。
そして、そのディスプレイには『緊急警報』の文字が出ていた。
(なんだ、地震か?)
「いえ、破蓋が浮上してきました。3週間ぶりですね」
時計に表示されている時間は3時4分。深夜まっさかりだ。俺はうんざりした気分で、
(なかなか来ねえなと思っていたら、今度はこんな時間に来るのかよ。勘弁してくれ)
「破蓋はこっちが寝ていようがなんだろうがお構いなしですからね」
(神様の嫌がらせだ絶対)
「何でもかんでも神々様に責任を押し付けるのはやめて下さい」
ナナエがあたふたと起き上がって部屋の明かりをつける。同時に携帯電話に着信が入った。先生からだ。
『おはようございます。ミチカワさん、警報は受け取ってますか?』
「はい、すぐに迎撃に向かいます」
『こちらも確認しましたが、破蓋の形状はあまり大きくなく最下層の監視所からの映像では判別が難しいです。ただ、見た限りでは過去に浮上したものに該当する形状はありません。恐らく新型です』
「……っ」
ナナエは唇を噛む。ヒアリの訓練を始めて数日しか経ってない。そこにいきなり新型か。最悪の展開だぜ。やっぱり神様の嫌がらせにしか思えん。
先生からの電話を切ると、今度はヒアリに電話をつないだ。
いきなりのことだったので電話に出たヒアリも混乱気味で、
『ナナちゃんナナちゃんなんか変なのが携帯に出てるよ!』
「落ち着いて下さい。前に教本を渡したでしょう。それは破蓋が現れたときに鳴る緊急警報です。深夜の時間帯に現れた場合、最深部の観測機が破蓋を察知して自動的に警報を送ってくるんです」
『あっ、そうだったんだ。まだちゃんと読んでなかったよ~』
えへへと恥ずかしそうにするヒアリ。ナナエはため息を付いて、
「とりあえず、渡した戦闘服を着て下さい。その後、部屋の前で集合し、学校に武器を取りに行った後に大穴へと向かいます」
『はーい』
通話を終え、ナナエもさっさと戦闘服に着替え始める。
――――
一通り支度を終えて部屋から出ると、すでにヒアリが待っていた。
「すいません、遅れたみたいですね……ってなんですかその格好は!?」
「ナナちゃんおはよー。くるりんぱ♪」
いつものように可愛らしく挨拶するヒアリだったが、その姿を見て、ナナエは仰天してしまう。
ヒアリはすでに支給されていた戦闘服を着ていたが、いろんなところがナナエのものとは変わっていた。まず首に長いマフラーが巻かれている。つぎに上着の裾を出している――これはナナエも同じなんだが、それを別の布で継ぎ足して長めにしてまるでスカートみたいになっていた。さらに裾の先にもふもふしたものが付け加えられている。肩にはうさぎみたいな動物のワッペンが貼られていた。足の部分には少しだぶつきをもたせていて、俺の世界で昔流行ったルーズソックスみたいになっている。地味な戦闘服がそれなりに可愛らしい衣装へと作り変えられていた。
ナナエはわなわなと、
「大切な戦闘服をこんなにしてはダメですよ!」
「えー、女の子なんだからもっと可愛いほうがいいよー」
「いやそういうことではなく――」
(落ち着けよ。戦闘服を渡したときに、お前動きやすいように手を加えても構わないって言っただろ? ヒアリはそれを実践して自分なりにやりやすい格好にしたってだけだ。最初に言っていたことと後に怒りだす内容が矛盾していると、言われたほうが結構キツイものがあるからやめとけ。俺は底辺でそれを死ぬほど経験しているからよくわかる)
「――んごっ」
俺の指摘に、またナナエは変な声を上げて飲み込む。実際に最初に言っていたことと矛盾する指摘はマジでムカつくからな。気をつけるべき案件だ。
ナナエはコホンと仕切り直しし、
「わかりました。確かに戦闘服自体にはあまり意味がなく好きにいじっていいと言ったのは私ですからそれは問題ありません」
「やった♪」
「ですが! その襟巻きだけはダメです! 戦闘中にそれが何かに引っかかった場合首を吊ってしまいます! 危険すぎますから外して下さい!」
首からだらんと垂れ下がっている襟巻き――マフラーを指差すナナエ。しかし、ヒアリはにっこりと問題ないと手を振り、
「大丈夫だよ。これちょっと引っ張ると2つに割れるんだ」
そうマフラーの両側から少し引っ張ってみると、パチンという音とともに切れてしまった。どうやらこのマフラーは留め金で連結されてい首が吊られるような引っ張られ方をすると外れるらしい。
マフラーを手渡されたナナエは引っ張ったらすぐに外れるのを確認し、
「た、確かにこれならば安全ですが……こんな襟巻きをよく持ってましたね」
「ううん。なかったから私の持っていたのを工作部の人に改造してもらったんだ。すぐに作ってくれたよ?」
ナナエから返されたマフラーを再び首に巻くヒアリ。工作部の連中、さっそく英女の活動に絡んできたのか。でもこういう細かいところを手伝ってくれるのならありがたい。いや、こんなマフラー作られても何も変わらないが。
特に問題はなさそうなのでナナエはマフラーについては渋々認めたが、最後に脇に置かれっぱなしのヘルメットをナナエに手渡し、
「とにかく保護帽はちゃんとかぶって下さい。これは顔や頭に壁の破片が飛んできたときに身を護る重要なものですから」
「これはあんまり可愛くないんだよねー。でもちゃんと被るよ。また今度いじってみよ」
ヒアリはかぽっとヘルメットを被る。
「全くグダグダしすぎです。早く武器を取りに学校にいかないと」
ナナエはプンスカ怒っているが、俺がそんなヒアリを見て思ったことは一つだけだ。
(かわいい)
(怒りますよ?)
(ただの感想だ、忘れてくれ)
ふんとナナエは文句を飛ばしてから、ヒアリとともに学校に向かう。
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