第58話 初訓練3

 翌日以降もヒアリの訓練が続く。銃の扱いは相変わらずダメダメだったが、鉈の使い方の上達は凄まじく、四日後には、


「やったー!」


 ヒアリが笑顔で歓声を上げるのと同時に廃墟になっていたビルが真っ二つになって倒壊していくほどになっていた。

 これにはナナエも唖然と見るしかない。

 ヒアリは器用に鉈をくるくる回しながら、


「まだ訓練続けてて大丈夫? 結構あっちこっち壊れちゃったけど」


 ヒアリがそうナナエに訪ねてくるが、ナナエは何も言わずに立っている。ヒアリが不思議そうに首を傾げ始めたので、


(おい)


 俺が呼びかけると、ナナエはびくっと身体を震わせてから、


「……え、あ、はい。この調子で続けて下さい。もうちょっとしたら大穴に案内します」

「わかったよっ! あ、その前に――」

 

 ヒアリは持ってきていた武器からもう一本鉈を取り出すと、


「両手持ちでやってみていい? こっちのほうがもっと戦えるようになりそう」

「構いません。ただし危険なことは避けて下さい」

「はーい!」


 そう言ってヒアリは二刀流になって廃墟を走り回り、廃墟の壁やら残骸やらを叩ききって回る。

 よく見るとヒアリが上達しているのは鉈の使い方だけじゃない。ジャンプ力も足の速さも身体のコントロールとキレが訓練を始めたときとはレベルが違う。廃墟のビル屋上から隣の廃墟に華麗な足取りで飛び回るし、もうナナエと比べても大差ないんじゃないだろうか。これなら大穴内部でももう戦えるだろう。


「…………」


 そんなヒアリをナナエはただじっと見ていた。しかし、単に見守っているだけではなく、何か変な空気を感じる。


(どうかしたのか?)


 そう俺は聞いてみるが、ナナエは黙ったまま。しばらくしてようやく、


(……いえ、大丈夫です。なんでもありません)


 無理やりいつもどおりのように答えた感じだった。

 ナナエは時計を確認し、


「ヒアリさん。そろそろ時間なので戻ってきて下さい」

「はーい!」


 ヒアリは軽やかな足取りでナナエの元に戻ってきた。


「どうかな? だいぶ上達したかなー?」


 まるで褒められるのを待っているかのような仕草で聞いてくるヒアリだったが、ナナエは厳しい顔で、


「格段に上達していますが、まだまだです。破蓋は強力な敵なので上達するに越したことはありません。一緒に精進していきましょう」

「了解ー!」


 びしっと軍隊式の敬礼ポーズを決めるヒアリ。このポーズこの世界でもあるのかよ。


「このあと、大穴をちょっとだけ見てもらいます。その前に、先生から預かってきたものを渡しておきます」

「プレゼントかなー?」

「戦うための支給品ですよ」


 ナナエから紙袋を渡されてワクワクしながらヒアリが中身を取り出す。出てきたのはナナエがいつも破蓋との戦闘のときに着ている戦闘服だった。濃い緑色でフードが付いていてポケットがあちこちについている。

 ヒアリはふーむとそれをひらひらさせて見ていた。


「大穴で戦闘を行う場合これを着てもらいます。服自体に力はありませんが動きやすい作りになっています。あと保護色で破蓋の攻撃の命中率を下げる効果が期待されていますが、私の経験上ほとんど意味がないですね」

「……かわいくない」

「え?」


 ヒアリから説明とはあさっての感想が返ってきて困惑してしまうナナエ。ヒアリはペタペタと服を触りながら、


「こう地味で寂しい感じなんだよね。もっとかわいい方が私は好きだなー」

「いえ、かわいいかどうかは戦う上で重要ではないので」

「えー、女の子なんだからナナちゃんもかわいいほうがいいよー」

「そういうことは私は興味ありませんので」


 ナナエは無愛想な答えを返したが、すぐに、

 

「まあ、先程も言いましたが、その戦闘服は動きやすければいいだけなので、不満があるようなら自分で調整しても構いませんよ。私も一部引っかかる場所があったので自分で直しましたし」

「ホント? じゃあ家に帰ってからちょっといじってみようかな」


 楽しそうに戦闘服を紙袋にしまうナナエ。


「では、大穴を見に行きます。時間が押してしまったので今日は上からちょっと覗くだけにしておきます」

「はーい」


 二人で大穴に向かって歩き出す。が、途中でナナエが俺に、

 

(着る服とかはやはりかわいい方がいいんですか?)

(なんで俺に聞くんだよ)

(ヒアリさんのことを、その、かわいいとか言っていたじゃないですか。私はそういう話には疎いのでよくわからないんですよ)

(そりゃ見る分にはかわいいほうがいいだろうけど、俺自身がかわいくなりたいとかかっこよくなりたいとかはあんまり思わないな。なんせ服は10年以上同じのをきっぱなしで家だと下着姿でゴロゴロしていたぐらいだし。そんなことに気力体力を使うぐらいなら寝てるね)

(なるほど、おじさんに聞いたのは間違いだったことがよくわかりました)


 相変わらず嫌味ったらしいやつだ。でもさっきまでのナナエのもやもやした感じは減っていた。


 ほどなくして、大穴の入り口に到達する。直径数百メートルの底知れない巨大な穴。下を覗くだけで真っ暗な暗闇に身が震えて足がすくんでしまう。


「すごーい……」


 ヒアリは驚愕の声を上げた。ナナエも大穴を見下ろしながら、


「ここが大穴です。破蓋はこの底から浮上し私たちの世界を滅ぼそうとします。なので私たち英女がこの世界における最終防衛線になります。負ければ世界が終わるということですね」

「……聞いていたけどやっぱり私の責任は重要なんだね。緊張してきたよ」

「当然です。だからこそ私たちは強くならなければなりません」


 ナナエはそこで一拍置いてから、


「そのために生き残って下さい。死んでしまえば、それ以上戦うことは出来ません。なので生き残って戦い続ける……それが英女にとって一番重要なことです」

「そう……なんだ」


 ヒアリはそうポツリと呟く。いつもの能天気で明るい感じとは違う感じのする答え方だった。

 が、すぐにいつもの調子に戻ると、


「よーし、私頑張っちゃうよ! でも、最近は破蓋っていうのは来てないの?」

「来てませんね。もう三週間になります」

「へー、このまま来なければいいのに」

「私もそう思います」


 そうナナエも頷く。ついでに俺も頷く。このままずっと来なけりゃ俺も痛い思いをしなくて済むしな。


 あと、ナナエのやつがこれ以上苦しまなくてもすむしな。

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