第57話 初訓練2

 しばらくヒアリは拳銃を撃つものの相変わらずぎこちなく目標を狙うことすら出来ない。そんな中、


「それなーに?」


 ナナエが武器の整理をしているのに気がつき、拳銃を撃つのをやめる。地面に近接戦闘用のナイフとかを並べている。ヒアリが指さしたのはその中でも刃がやや長めでやや幅が広いものだった。確か俺の世界ではマチェットとか呼ばれるものだった覚えがある。

 ナナエはそれを持ち上げると、


「これですか? なたですよ。武器にも使えますが、山を歩くときに道を塞いでいる草木を薙ぎ払ったりするものですね。山刀とも呼ばれています。軽量なので持ちやすく負担も少ないです。持ってみますか?」

「ありがとー」


 ヒアリは拳銃と鉈を交換する。そして、鞘から鉈を抜き出した。

 それから、うーんと品定めするように見つめる。刃は大きいが、非常に薄い。のこぎりみたいな感じだ。


 やがてヒアリはふんと軽く振ってみて、


「おおっ」


 感嘆の声を上げて振り回し始めた。危なっかしいのでナナエはこっそりと距離を取りつつ、


「どうかしましたか?」

「こっちのほうがすごく使いやすい感じ。こっちのほうがいいかも」


 楽しそうにくるくる周って華麗なナタ捌きを見せる。かわいいのに物騒な選択肢しやがるな。

 ナナエは拳銃を片付けて、


「仕方ありません。いつ破蓋が浮上してくるかわかりませんし、今はやりやすい武器の使い方を学んでいきましょう」

「いいのー? やった!」

「私は銃を使った遠距離攻撃の方が得意なのでヒアリさんが近距離に長けていると助かるという面もあります。しかし……」


 ナナエは少し困った顔になる。ヒアリはぐっと顔を近づいてきて、


「なにかあるの?」

「いえその……」


 ヒアリの顔が近すぎたのでナナエは少し後ずさりし、


「近距離での戦闘はやはり危険度が高いんです。銃ならば距離を取れますが、至近距離で戦うとなるとやはり避けるのが難しくなるといいますか……」

「大丈夫だよ! ナナちゃんやみんなを守るために戦うんでしょ? だったら私はどんなことだって頑張れるよ!」


 屈託のない笑顔でそういうヒアリにナナエの身体が硬直するのが俺にもはっきりわかった。そして、


「それはっ――」

(落ち着け。言いたいことはわかるし、気持ちもわかるが、それをヒアリにぶつけても意味がないし、変に圧迫感を与えるだけだ)

「――んぐっ」


 俺の指摘にナナエは変な声を上げて言葉を飲み込んだ。

 ヒアリは首を傾げて不思議そうにしたままだったので、ナナエは一旦コホンと間を取り直し、


「……これからヒアリさんには長らくともに戦ってもらいます。そのためには生き残ることが最重要なんです。なのであまり無茶はしないようにお願いします」

「う、うん……なんかごめんね」


 ナナエの言葉に強い感情があることを察してしまったのだろう、ヒアリは自分が悪いことを言ってしまったのかもしれないとしゅんとしてしまう。それを見てナナエは慌てて、 


「いっいえ怒っているのではなく、ただの――そう肝に銘じておくべきことというだけです。とにかくヒアリさんには強くなってもらわなければなりません! 頑張って訓練あるのみです!」

「わかったよ、がんばるっ!」


 そう二人でまた気合を入れ直し、ナナエが鉈の使い方をヒアリに教え始めた。


 そんな様子を見ながら俺は思う。ナナエは何度も何度も一緒に戦った英女と死別している。毎回相当の辛さを味わってそれは消えること無く心の中で積み上がっているはずだ。実際にその苦しみを俺にも見せることがちょくちょくある。

 もし、今度ヒアリが戦死してしまったらナナエはどうなるのだろう。その重みに耐えられるのだろうか。仮に耐えられたとしても戦意が下がってしまえば英女の適正がなくなり、神々様の力を振るえなくなるかもしれない。あの掲示板に一覧が貼られていた転校した生徒たちみたいに。


 こりゃヒアリを守ることも重大な務めになりそうだなとか考えていると、


(なにか言いましたか?)

(いや、ヒアリときっちり連携しないといけないなと思っただけ)

(当然です。ヒアリさんは重要な戦力ですからね)


 見るとヒアリは鉈を振って敵を薙ぎ払うような素振りをしていた。確かにぶるぷる震えて銃を撃っていたのよりはずいぶん楽そうに見える。


(その、ありがとうございました)

(あん? なんの話だ)

(さっきですよ。思わずヒアリさんに怒鳴ってしまいそうになったところを止めてもらえたので……)

(あー、別にあそこでお前がヒステリーを起こされても鬱陶しいだけだからやめせただけだよ。話すなら冷静に話せばいいんだし)

(ひすてりぃってなんですか)

(…………)

(なんか言ってください)

(なんだっけ? 普通に使っていた言葉だから別の言葉に置き換えにくいと言うか)

(意味もわからずに使っているってことですか? やはりおじさんの知識には多くな欠陥が見受けられるようですね)

(うるせーな。ヒステリーってのはなんかイライラしたり不満が貯まりすぎてそれが爆発するように叫んだり怒ったりすることだよ。お前がいろいろ溜め込んでいて、さっきのヒアリの言葉で爆発するって感じたから止めただけ)

(……細かいところは気になりますが、やはり助かりました。ありがとうございます)

「ナナちゃんどうしたのー? さっきから口をモゴモゴさせているけど歯がいたいの?」


 ヒアリが俺とナナエの会話に気がついて不思議そうな顔を見せているので、


「ちょっと口の中に違和感があったので取り出していただけです。そんなことより訓練を続けましょう。次はその辺りの物を切ってみます」


 ナナエはヒアリを適当な廃墟の壁の前に立たせ、


「まずそれを軽く切ってみます」

「いっくよー!」


 ヒアリはその場でクルッと回って回転力をつけてから鉈で壁を斬りつける。しかし、コンクリート製だった壁にギャリッと嫌な音を立てて傷つけただけで止まってしまった。


「あれ、難しいのかなー」

「いえ、それで正しいんです」


 ナナエは不思議そうにしているヒアリの鉈をもらい、


「今のままではただの鉈です。草木は切れますが、ああいう硬い壁を切り裂く事はできません。そのために神々様の力を使い、この鉈を神剣と呼ばれる状態にします」


 ナナエがぐっと身体に力を入れる。すると、鉈の刃が少し発光してきた。


「これが神剣化です。ちなみに銃の方だと弾自体に神々様の力を使うため、神弾と呼んでいます。そしてこれが――」


 ナナエは思いっきり鉈で壁を切り裂いた。まるで布で出来ていたんじゃないかと疑うほどあっさりと横に切られた。壁にはきれいな横に切り込みが入っただけで崩れたりはしていない。


 それを見ていたヒアリは驚嘆の声を上げて、ナナエに抱きつき、


「すっごーい! これがナナちゃんの力なんだね!」

「いえこれは神々様の力です。というかくっつかないでください」


 ヒアリを押し戻すナナエ。

 次はヒアリの番だったが、


「うーん、どうすればいいのかな?」

「ここが神々様に対する信仰心を示すときです! 普段私たちの生活を支えてくれている神々様に感謝と忠誠を捧げるのです!」

「あ、なんかできちゃった」


 力説するナナエを尻目にヒアリはあっさりと鉈を神剣化し、壁を大きく切り裂いた。しかし、さっきのナナエとは違い壁がバラバラにくだけ落ちるほどの威力だった。

 ヒアリは困り顔で壊してしまった壁の様子を見つめ、


「ああっ、やりすぎちゃった。大丈夫かなぁ」

「ここはもう何十年もこんな状態で放置されていて人もいないので大丈夫ですよ。さあ続けて下さい」

「りょーかい!」


 ヒアリの指示通りあちこちの壁の残骸を切っては捨ててを繰り返しし始めた。

 それにしてもすげえ威力だな。ナナエの鉈はちょっと切り裂いたぐらいだったのに、ヒアリのは壁ごと粉砕するような感じだ。どんな切り方したらああなるのやら。この威力の違いは得意不得意なのもあるだろうが、神々様との適正値の差ということもあるかもしれない。


「…………」


 ナナエはそれを黙ってみていただけだった。しかし、そこそこ長い付き合いになりつつある俺にはなにかのナナエの変調を感じ取り、


(どうかしたのか?)


 俺がそう問いかけるもののナナエはしばらくだんまりだったが、やがて俺の言葉に気がついて、


「なんでもありません」


 そうとだけ言ってまたヒアリの訓練を眺め始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る