第56話 初訓練

「では訓練を始めましょう」

「うん、がんばるよっ!」


 ヒアリはやや緊張気味ながらも鼻息を荒くして力強く構える。

 翌日の学校の校庭。他の生徒達は隅の方で銃を撃ったりランニングしたりしていたが、ナナエとヒアリは英女の訓練のために別行動だ。二人共今日はジャージの体操着を来ている。


「まずは準備体操をしましょう。いっちにーさんしー」

「いっちにーさんしー!」


 ナナエは屈伸やらジャンプやら体操を始めヒアリも続く。

 てっきり最初から銃をバンバン撃ったりすると思っていたが。


(戦い方は派手なのに案外堅実だな)

(何事も準備は万端な方がいいんです。おじさんが適当すぎるですよ)

(前にいた倉庫の仕事は途中から作業前に準備体操するように上からお達しが来てやり始めたけどみんな面倒臭がってたぞ)

(英女の役目をおじさんのわけのわからない世界と一緒にしないでください)


 運動しながら口に出さない会話でやりとりする。昨日のうちに練習していたので結構スムーズに回りに悟られずに会話できるようになっていた。なんだかんだでナナエはよくできるやつである。


 10分ぐらい準備運動をした後に、


「では、次は飛び跳ねる練習をします。そのうち案内しますが、大穴は広く、一方で足場はかなり限られます。破蓋の攻撃を避けながら戦うためにはかなりの距離を一度に飛ぶ必要があります」


 ナナエに言われてヒアリはぴょんぴょんジャンプするものの、一般人が飛ぶぐらいの高さしか飛べなかった。うまく行かずうーんと首を傾げて、


「うーん、どうやればいいのかな?」

「信仰心です!」

「え?」


 突然変なことを言い出すナナエにヒアリがはてなマークを浮かべる。相変わらず宗教バカだ。

 ナナエは誇らしげに胸をそらして、


「神々様の力を信じるんです。普段の自分に縛られたままでは今まで通りの力しか発揮できません。神々様を信じ、英女としての役目を意識し、与えられた力にしっかり感謝すれば――」

「あ! ちょっと高く飛べるようになってきたよっ!」


 気がつけばちょっとずつヒアリの飛び上がる距離が高くなっている。嬉しそうに飛び跳ねているヒアリに俺はほっこりとしつつ、


(信仰心はあまり関係なかったみたいだな)

(うっうるさいですね)


 ナナエはむうと頬をふくらませる。

 やがてヒアリの飛び上がる高さは数メートルから十数メートルへと高くなっていく。


(結構簡単に力が使えるようになるんだな)

(いえ……私のときはきちんと飛べるようになるまで一週間ぐらいかかりました。私の適正値が低い事もあったと思いますが、まさか数分でこんなに力が使えるようになるなんて思ってませんでした)


 なにやら複雑な感じのナナエ。確かにあんなに高く飛んだら着地に失敗したりしそうだが、ヒアリは完璧なバランスで地面に降り立っている。これが史上最大の適正値が表すものなんだろうか。

 ナナエはパンパンと手を叩き、


「ヒアリさんもういいです。次の訓練に移ります」

「はーい」


 今では数十メートルまで飛び上がっていたヒアリはきれいに着地した。

 ナナエは荷物を背負い、


「大穴近くまで一気に移動します。さっきと同じ要領で私についてきてください」

「あっ待ってよ~」


 ナナエが一気に大穴付近の廃墟エリア目指して飛んだのをヒアリも後から追いかけた。相変わらずすごい高さで俺も目がくらんでしまう。


 やがて目的地に降り立つが、


「ふぎゃっ」


 まだ慣れていないヒアリは盛大に着地に失敗して転んでしまった。常人を遥かに超える勢いで飛んでいるので当然着地失敗も大きな砂煙を上げて地面を転がっていく。


「気をつけてください。英女なので身体は頑丈になっていますが、それなりに痛いですし怪我もします」


 ナナエが手を出し、それを取ったヒアリは立ち上がり、


「あーん、汚れちゃったー」


 体操服についた砂をパンパンと払う。

 その間にナナエは荷物から武器を取り出し、


「次は射撃訓練を行います。これを使ってください」

「て、鉄砲?」

「拳銃ですね」


 拳銃を恐る恐る受け取るヒアリ。


「う、撃てるかなぁ……」

「その辺りの廃墟の壁に適当に撃ってみてください。両手で握って引き金を引けばいいだけです」


 ナナエの説明を聞いて、ヒアリは短銃持ってプルプルと震えながら構える。そして、引き金を引いた――が、


「あれ、弾出ない……」

「すいません、安全装置の説明を忘れてました」


 慌ててナナエが安全装置の解除の説明を始めた。ナナエも結構抜けているところがある。

 ナナエは一旦ヒアリから拳銃を返してもらい、


「ここの引き金の近くに安全装置があります。これを外さないと撃てませんので、撃つときはつまみみたいなのをこっちに移動して下さい」

「こうかな?」


 ヒアリは拳銃を再度受け取り構える。そして意を決して――というか目をつぶりながら引き金を引いた。


 パンッという痛みの感じる銃声が響いた後、ヒアリは身体を小刻みに震わせて、


「……しびれたぁ。あと耳が痛いよぉ」

(だよなぁ)


 俺も同意する。ナナエはバンバン撃ちまくっているが、俺の頭がシェイクしそうなほどやかましい。よく耳がバカにならないもんだ。

 ナナエは困り顔で、


「威力が大きいんですから当然音や衝撃も大きくなります。慣れてください」

「ふえー」


 ヒアリは涙目でまた構えて拳銃を発砲する。その後もゆっくり撃ち続けたが、


(参りましたね。これは銃に対する抵抗が強そうです。慣れるだけでもかなり時間がかかるかもしれません)

(元々は人殺しの道具だろ? そりゃ普通の人間なら嫌がるはずだな)

(そうですか? 私はあの衝撃と音、あと硝煙の匂いは結構好きですよ)


 とんでもないことをさらっと言うナナエ。こいつやっぱやべえよ。コミュ障のくせに銃を撃つのが快感とか、英女にならなかったら犯罪に走っていたかもしれん。


 一方のヒアリはうーんと唸って、


「難しい……」

「直ぐにできるようになるものではありませんから、焦らなくていいですよ。ゆっくり覚えていきましょう」


 ナナエはそういうものの、ヒアリは首を振って、


「でもでも、ナナちゃんと早く一緒に戦えるようになりたいし、足を引っ張りたくないし……」

「私もかなり訓練を積みましたし、他の生徒も日々鍛錬に励んでいます。ヒアリさんがいくら史上最高の適正値だからと言っても技量はすぐに身につくものではありません」

「最高の適正値……」


 ヒアリはぼんやりとその言葉を繰り返す。ナナエは一旦拳銃を返してもらい、弾を交換しつつ、


「実感が無いんですか?」

「うん。突然、国の偉い人たちが私の家にやってきて私は神々様に好かれやすく、膨大な力を借りられることができるって言われたんだけど、ここに始めてきて何か不思議な感覚になっただけですごい力とか発揮できたわけじゃないし……」


 ナナエはまたヒアリに拳銃を渡すと、

 

「まあどちらにしろ訓練あるのみです。私は英女として長らく戦っていますので経験は豊富ですからそれを元に必ずヒアリさんを一人前の英女にしてみせますよ」

「ありがとー!」


 そう言ってヒアリは屈託のない笑顔を見せた。

 かわいいなぁ。

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