第55話 会話のやり方

「じゃあ私、荷物片付けるから! 終わったらちょっとだけナナちゃんの部屋もみたいな~?」

「えっ、いえ私の部屋なんて見ても仕方が……」

「いいじゃんいいじゃん。親交を深めるためだよ~」

「信仰を深める!?」


 ナナエの目がキラーンと光ったが、多分そっちの意味じゃないと思うぞ。


 ヒアリはまたねーと手を振りながら軽い足取りで自分の部屋に入っていく。

 ナナエはそれを見送った後に、やれやれと肩を回しながら自分の部屋に戻った。


(なあ)

「なんですか」


 部屋に座って茶をすすり始めたタイミングで話を切り出す。


(お前と話しているとヒアリから見たら変な行動しているように見えるだろ? この点について改善したいと考えているんだが)

「私も同感です。今までの調子だといろいろ問題が出るでしょうし」


 ナナエも頷いて同意する。

 しかし、どうやればいいのか。言葉を声にしない限りお互いには届かない。もっとも俺が声を出しても周りには聞こえないし声が発しているわけでもないんだが、「意図的に声に出すように話す」のと「ただ考える」のでは違うらしく、後者の場合はナナエにも届かない。まあなんでもナナエに考えが届いたら面倒にしかならないから、助かっているんだが……


 ナナエもしばらく考えた後に、


「考えているだけではおじさんには言葉は通じないんですよね? 一応今考えてみることがわかりますか?」

(細かいことはわからんが、どうせ俺のことバカにしているんだろ?)

「よくわかりましたね。正解です」


 おいコラ、趣旨が変わってんぞ。

 コホンとナナエは仕切り直して、


「まあやはり考えただけでは通じません。おじさんが考えていることも私には届かないんですか?」

(試してみるか)


 俺は一旦息を吸い込んで、


(やーい貧乳絶壁―、宗教バカー、もうちょっと俺にやさしくしろー)

 

 とか考えてみると、ナナエの顔色がみるみる険悪になり、


「今、私の悪口を言ったでしょう!?」

(おっ、さすがだな正解だ)

「いつものように話していただけじゃないですか!」

(チッ、バレたか)


 さっきの仕返しだったが、まあ本題に戻ろう。とりあえず南無阿弥陀仏とよくわからないことを考えてみるが、


(伝わったか?)

「……いえ何も」


 耳に手を当てていたナナエは首を横に振った。やはり考えるだけでは伝わることはないようだ。


 というわけで次。


(俺の声はお前以外には聞こえないわけだし、お前が俺と同じように声を出さずに俺に向かって話しかければいいってことじゃね?)

「簡単に言われても……おじさんはどんな感じで話しているんですか?」


 俺はうーんと考えてみるが、


(感覚的には普通にしゃべっているだけなんだよな。何が違うんだろうか)

「それでは真似しようがありません」

(なら口を閉じて話してみるとかはどうだ? 口から出ないだけで声には出てるはずだぞ)


 俺のアイディアにナナエは口を閉じて口をもぐもぐさせる。


(もぐもぐって聞こえたぞ)

「これは結構難しいですよ……もぐもぐ」


 ナナエは試行錯誤を繰り返していたが、やがて、


(き、こえ、ますか?)


 たどたどしい言葉が俺に届き始めた。


(おお、聞こえた聞こえた)

(本当……ですか?)


 まだおぼつかないもののナナエの言葉が声には出てないはずが俺には聞こえている。どうやらこれなら周りに聞き取られず会話できそうだ。


 ナナエはぷはっと息を吐き出し、


「でも慣れるまでは時間がかかりそうですね。誰も居ないときでも訓練としてこの方法でおじさんと話しておいたほうが良さそうです――」


 ここでナナエの携帯電話が鳴り響いた。先生からだ。


『ミチカワさん。カナデさんの様子はどうですか?』

「無事に部屋の交換が終わり、私の向かいの部屋に入りました。今は片付けをやっていると思います」

『わかりました。それで明日からカナデさんは通常どおり学校での授業を受けつつ、英女としての役目についてもらいます。そこでミチカワさんには明日以降、カナデさんに戦闘訓練を施してください』

「私が……ですか?」


 困惑するナナエ。銃撃ったりするのは普通の授業でもやっていたはずだが。

 先生は続ける。


『カナデさんは基礎的な訓練などは一切行っていません。本来であれば、まず一般生徒とともに訓練をするのは普通ですが、彼女の適正値は過去最高。どれほどの力を発揮するのか予想できないのです。そのため一般の生徒と一緒に訓練に参加すると事故を起こす可能性があります』


 なるほどな。まあこの理屈はわかる。

 ナナエも頷き、


「……わかりました。明日の訓練はヒアリさんと行います。具体的な戦い方などについてはその場で」

『よろしくお願いします』


 そう了承した。しかし、訓練までナナエがやるのかよ。俺ならなにか対価をもらわないとやってられんな。

 要件はそれだけだったらしく先生は電話を切ろうとしたが、


「あの先生。一つお話が」

『……なんでしょう?』

「工作部という人たちから破蓋との戦いに協力したいという申し出がありました。学校で正式に許可を受けている生徒たちの部活動みたいです。そこでいろんなものを作って問題を起こしていると寮の管理部の人から聞きましたが、技術は確かにあるようでした。そこで先生の判断を――」

『任せます』


 あっさりと許可されてナナエはかえって困惑し、


「……いいんですか? 英女ではない生徒を直接破蓋との戦闘に関わらせるのは危険かもしれません」

『あなたたち英女の役目は最終的に破蓋の殲滅にあります。そのため、ミチカワさんとカナデさんの邪魔にならず、戦いを有利に進められるのであれば問題ありません』

「そう……ですか」


 どこか残念そうなナナエ。本音では不許可と言って欲しかったのかもしれない。


『それだけですか?』

「はい。あとは何かあればまたそちらに伺います」

『ではまた』


 そこで電話が途切れた。相変わらず苦手な先生だと俺は思う。


「ヒアリさんに明日の予定について連絡しないといけません」


 ナナエは先生からもらった書類を取り出して、そこに載っていたヒアリの連絡先を確認する。そこにはSNSのIDらしきものが載っていた。

 目の鼻の先なんだから直接言えばいいのではと思ったが、まあナナエの性格上、SNSみたいなのでさくっと連絡したほうがやりやすいのだろう。俺も人付き合いが良かったほうじゃないから気持ちはわかる。


(てか、そのIDってミナミともやり取りしていたやつか?)

「あいでぃってなんですか……ああ、識別記号ですか。これは英女の学校で配布されている電子機能ですから、全員携帯電話に入れておくことになってます」


 ナナエはぽちぽちとヒアリにメッセージを送る。


<ヒアリさん、ちょっといいですか?>

<ふえー、結構中が汚れてちゃっているからお掃除が大変だよー。ナナちゃんのところに遊びに行くって言ったのにごめんねー>


 泣き顔のスタンプで返答が来る。一方のナナエは画像なしのシルエット人間みたいなもののままだ。


<今後の予定について先生から連絡がありました。明日から訓練の時間に私と二人に戦闘について学んでもらいます。他の生徒と一緒には安全上の問題から行いません>

<りょーかいだよっ! お手柔らかにおねがいしますですー>


 ぺこりとお辞儀した画像がついてきた。


<今日はあまり疲労をためずに明日に備えて早めに休息を取ってください>

<ううっ、ナナちゃんともっと仲良くなりたかったけど……いいよっ、また明日一緒にお話しようねっ!>


 それで連絡は終了した。


「さて……私も明日に備えて今日は早めに休みましょう。その前にお風呂に入って汗を流します」


 そう言ってナナエは部屋の電気を消して真っ暗にした。

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