第64話 ガラケー破蓋2
ナナエは大穴の壁に沿って螺旋状に伸びる階段を駆け上がる。真横にはガラケー破蓋がゆっくりと上昇を続けていた。
まずはこいつの核を見つけなければならない。『ガラケーは頑丈』を拡大解釈しすぎたこいつの硬さにはまともな攻撃は通じないだろう。なら弱点である核を直接叩くしかない。
英女の素早い駆け足でガラケー破蓋の周りをぐるっと一周する。俺もナナエと一緒にガラケー破蓋の形状を見ていたが、
(核は赤い玉なんだよな?)
「はい、例外はありません」
(となると、参ったなこりゃ)
ガラケー破蓋の側面と上下から全身をくまなくチェックしたが、核っぽいものはどこにも見当たらない。
ナナエも頷いて、
「恐らく核が完全に内部に埋没しているタイプでしょう。そうなるとかなり厄介な相手になります」
ガラケー破蓋に攻撃の動きがないのを確認してから、ナナエは対物狙撃銃を一旦背負って腰につけていた拳銃を取り出す。
そして、破蓋に向けて発砲した。対物狙撃銃ほど轟音でもないが耳を貫く銃声が大穴内部に響き渡る。ナナエの射撃は相変わらずの正確さでガラケー破蓋に全て命中した。
だが、ガラケー破蓋は全く動じることもなく上昇を続ける。大口径の弾でもびくともしないんだからこの結果は当然だろう。こいつの速度は遅いが、とにかく硬くどんなに弾をぶつけても身じろぎ一つしない。
こんな調子ですでに第6層の半ばまで到達しつつある。このままではジリジリと浮上され続けるだけだ。
ナナエは拳銃をしまうと、
「まずいですね。全く攻撃の糸口がつかめません。おじさんはあの破蓋が元になっているがらけぇというものに心当たりがあるんでしょう? 何か弱点みたいなものは思いつかないんですか?」
(そうだな……ガラケーってことは多分――また来たぞ!)
俺が思い当たることを説明するのよりも早く、ガラケー破蓋の小窓に何かが表示され始め、同時にピピピピ、ピピピピと着信音がなり始める。
(代わるか?)
「いえ、今回は自力で避けます。少しでもあの破蓋の情報を知るためには私自身で動いたほうが把握しやすいですから」
(気をつけろよ、お前がやられちまったらヒアリのやつがピンチになる)
「そのようなヘマはしませんよっ!」
気合を入れるナナエ。ここで破蓋のアンテナが一気に伸びる。そして、空間に一瞬の波が起きたのと同時に⚡が多数ナナエめがけて発射された。
「――――!」
前回の攻撃がある程度頭に入っていたのだろう、ナナエは階段を走りつつ、途中で飛び跳ねたりして無数の⚡を器用に避け続けた。
だが、次々と壁に⚡が突き刺さり、そのうちひとつが変な感じに壁をえぐったため、その破片がナナエの顔をかすめる。ちょうど頬の皮膚が切り裂かれて一気に血が吹き出るのが俺の視界に入った。
(大丈夫かっ!?)
「……この程度の痛みなら大丈夫です!」
ナナエは血を拭うこともなくひたすら⚡を避け続けた。ヒヤヒヤさせやがる。ナナエがやられて倒れても俺に身体の主導権を渡すことはできるが、ナナエの精神的ダメージがなくなるまでは俺ががんばらなきゃならなくなるから避けたいところだ。
しばらくしてガラケー破蓋のアンテナがスルスルと引っ込み攻撃がやんだ。時を同じくして、壁に突き刺さっていた⚡も霧散するように消えていく。表面の小窓には何かが表示されたままだが、遠くて何が表示されているのかよく見えない。
しかし、かなり強力な攻撃なんだからずっと⚡を発射し続ければいいのに前回といいなぜ途中でやめるのか。なんか理由があるのか?
ナナエはしばらく攻撃はないと読んだのか一旦立ち止まり、
「今回は切り抜けられましたが、毎回確実というわけには行かないですね。さっきの続きですが、おじさんの知識だけが頼りです。何かこの破蓋を倒す糸口を見つけなければヒアリさんと合流するわけにも生きません」
俺はしばらく上昇を続けるガラケー破蓋を見る。折りたたみ式の作りになっているところを見ると、こいつが俺が昔に使っていたガラケーと同じ構造なのは間違いないだろう。となると、核の場所は一つしかない。
(ガラケーは頑丈だが、それは折りたたんで弱いところを覆い隠しているからだ。だから、あの破蓋も同じようにパカっと開いてやれば、画面とかダイヤル――ええっと電話番号を入力する場所が出てくる)
「……なるほど。ならあの破蓋が展開してくれる必要がありそうですが」
(無理だろうなぁ。さっきからずっと閉じたまんまだし)
「となると、私が強引に開くしかなさそうですねっ!」
ナナエは大きく飛び跳ね一気にガラケー破蓋の上に乗っかる。ガラケー破蓋は全く気にしていないのかなんの反応もせずただゆっくり上昇を続けていた。
腰の拳銃を至近距離から発砲するがやはり弾き返されてしまった。すぐさまそれをしまうと、
「これでっ――くうっ!」
ガラケーの折り畳まれている先端を歯を食いしばって強引に開こうとするが、硬くてびくともしない。英女のバカ力でも無理とか錆びついてんのかこいつは。
しかし、ナナエはどうもやりにくそうに、
「この態勢では思ったように力を込められません……っ!」
冷静に考えてみれば破蓋の上に乗っかってその破蓋自体の折りたたみを押し開こうとするんだから、態勢が相当無理な形になる。ああ、めんどくせえこのガラケー破蓋。
しばらく踏ん張っていたナナエだったが、俺がナナエの視界にちらりと入った足元の小窓に気がついた。そこには『着信アリ』と表示されている。破蓋の攻撃が終わった後にこれが表示されていたんだな。閉じた状態でもすぐに着信があったことがわかる便利機能ってやつだ。てか、日本語なの? いやガラケーはガラパゴス携帯と言われているだけあって、当然表示も日本語で当たり前か?
が、唐突にその文字が動き出し、『着信中』に切り替わった。
(おい来るぞ!)
「ちょっと待ってください――見えました!」
少しだけ開いたガラケー破蓋の折りたたみ部分をナナエが覗き込んでいる。俺にも閉じられている部分の中に赤い玉――核の存在を見えた。
しかし、ガラケー破蓋から着信音が鳴り始めた。さらにアンテナも伸び始める。
(急げ!)
「仕方ありません、今回は離脱します!」
ナナエはガラケーをこじ開けるのを諦めて、すぐに破蓋の上から階段に向かって飛ぶ。同時にまた無数の⚡が襲いかかってきた。
「とりあえず、核の位置は確認できました! 一旦ヒアリさんと合流します!」
⚡が次々と壁に突き刺さり、轟音が鳴り響く中、ナナエは一気に大穴の上部へと飛んだ。
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