第4章 おっさん、里帰りする

第141話 強いぞヒアリさん

 相変わらずひんやりとした感じの大穴。いやまあナナエに身体の主導権がある場合は俺が気温とかを感じることはないんだが、薄暗い視界とか冷たそうな岩肌とかそんな感じがする場所だ。


 そんな大穴の防衛陣地である第3層でナナエとヒアリが携帯端末を覗いている。


「しゃもじだね」

「ですね」


 浮上してきた破蓋を二人で確認していた。俺がどうこう判断するまでもなく、炊飯器から飯を茶碗に盛るあれである。


 おもちゃ戦艦破蓋を倒してから二週間。異常事態は終わったものの、相変わらず破蓋はちょこちょこと浮上してきていた。ただ最近は新型は来なくなり、ずっと過去に現れたタイプのものばっかり。今回も同じだ。

 

 しゃもじ破蓋は形はそのまんまで武装もない。せいぜいひっぱたいてくるぐらいの攻撃手段もなく、取手の部分に弱点である赤い核もむき出した。ナナエが狙撃すれば一発で終わるだろう。


「ナナちゃん……いいかな?」


 なにやらもじもじと聞いてくるヒアリ。かわいい。


(消えてなくなってください)

(嫌だ断る無理)


 ナナエが心底軽蔑した視線を向けてくる。ヒアリを見て可愛いと思わないやつがこの世に存在するとは思えないぐらい可愛いんだから仕方がないだろう。


 しばらくナナエはしゃもじ破蓋の情報を確認していたが、


「まあいいでしょう。この破蓋は大して脅威でもないですし、ヒアリさんに任せます」

「やった!」


 心底嬉しそうなヒアリ。やっぱりかわいい。

 基本的に無理や危険なことはしないという戦闘スタイルをとっているので、ナナエが遠距離から破蓋を狙撃して、ヒアリはそのサポートという形になっている。しかし、こないだからヒアリは試したいことがあるからチャンスがあれば自分が先陣を切りたいと言っていた。今回のしゃもじ破蓋は見るからに大した事なさそうなのでヒアリに任せてみようということだ。


「でも気をつけてくださいよ。大したことはない型とはいえ、破蓋です。あのしゃもじで思いっきり叩かれれば大怪我もありえますから」

「うん、すっごい気をつける!」


 ナナエの注意を聞きつつ、ヒアリは両手で鉈を構えた。

 俺はマジマジとヒアリの全身を見る。きちんと両足で立って身構えるその姿。一時期の両足が動かない状態は完全に治って、今ではこんなに立派に戦えている。


(ううっ……)

(なんですか、急に涙声になって)

(いやあヒアリの足が治ってよかったなぁって思わず感激しちまってな)

(はあ。まあ私も嬉しいですけどね)


 俺とナナエがそんな話をしている間に、しゃもじ破蓋が第三層に到達して、こちらに姿を見せる。そして、即座にヒアリに向かって襲いかかってきた。


「いっくよー!」


 ヒアリは勢いをつけてしゃもじ破蓋に飛びかかった――んだが。


(あれ、飛んでないか?)

(……飛んでますね)


 俺とナナエがポカーンとしている間、ヒアリは一直線にしゃもじ破蓋に向かう。しかし、問題はその移動の仕方だ。普通は走ったりするわけだが、今のヒアリは両足がまるでホバークラフトみたいに少しだけ浮いている状態で、自由自在に移動している。


「とおっ!」


 土煙をたてつつ、しゃもじ破蓋に近づいたヒアリは先制と言わんばかりに、持っていた鉈の一つを破蓋に投げつけた。ずがんと派手な音を立ててしゃもじ破蓋が大きく傾く。

 しかし、大したダメージは与えられず、すぐに態勢を整え直してきた――が、すでに正面にヒアリはいない。しゃもじ破蓋の頭の上で、弾き飛んだ鉈を空中で掴んでいた。

 そのまま一気にしゃもじ破蓋の頭の上から一刀両断すべく鉈を振るう。


「――――!」


 そのまま取っ手のところの核も真っ二つで終わりかと思いきや、しゃもじ破蓋が少し体を捻ってヘラの部分だけ斜めに切り落とすにとどまってしまった。

 ヒアリはしゃもじ破蓋の一部を蹴っ飛ばして、第3層の足場に戻る。だが、一瞬で再生したしゃもじ破蓋がヒアリを薙ぎ払うべくヘラを叩きつけてきた。


「っ……」


 それを見ていたナナエは即座に対物狙撃銃を構えた――が、ヒアリは片手の鉈であっさり受け止めてしまった。体積とか質量とかどう考えても破蓋のほうが大きいのに物理法則とか超えているな。


「これで終わりだよっ!」


 そのままヒアリはもう片手の鉈をしゃもじ破蓋の核に突き刺した。

 あっさりとしゃもじ破蓋はバラバラと崩壊していく。


「うーん、まだ煙がたっちゃうなぁ……」


 破蓋を倒した後にヒアリが戻ってきて全身をチェックしている。ナナエはうーむと唸ってから、


「試したかったことっていうのはさっきの空中飛翔ですか?」

「うん。飛翔といってもちょっとだけ浮く程度だけどね。でも、飛んでいるときに風の力で足元の土とか砂とかの煙が巻き上がっちゃうんだよね」

「それは仕方のないことでしょう」

「えー、でもでもかわいくないよぅ」

「そこ重要なんですか!?」


 可愛らしいこだわりを見せるヒアリにナナエは頭を抱えてしまっていた。

 その後、ヒアリはまた少しだけ身体を浮かせてあちこちを移動し始める。両足が動かい時点であれだけの強さを見せてたヒアリが、ちゃんと足が動かなくなってますます強くなっている。これで俺が痛い目を見ることが減って助かるね。

 

 ここでナナエがポツリと言う。


「……これでは駄目です」

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