第190話 戦闘機破蓋5

「ヒアリさんはここで休んで――いえ、いっその事寝ていてください。今はしっかりと体力を回復するときです」


 そう言ってヒアリを横にする。ここはマンション入り口にある集合ポスト室だ。数百件のポストが並んでいる密閉空間で外からも姿を見られることはない。


 ヒアリは素直に従って横になる。するとカーテン破蓋がヒアリの身体をくるっと包み込んで寝袋みたいな形体になった。カーテンのくせに器用なやつだな。


「あったかい。ありがとー」


 そうヒアリは微笑んだ後にナナエを見て、


「ナナちゃんはー?」

「私はこの建物の中で水と食料を探してきます。ここはあまり破壊されていないのでまともなものが手に入るかもしれません。少し待っていてください」

(この破蓋、ちゃんとヒアリを守って――)

「あいたっ!」


 いきなりカーテン破蓋が生地でナナエのデコを叩いてきた。こいつ本当にヒアリ以外に近づかれたくないらしい。


「おじさんのせいで私が痛い目にあったではありませんか!」

(悪い悪い。代わるか?)

「ちょっと叩かれただけなので結構です。全く……行きますよ」

「気をつけてね~」


 ヒアリに見送られながら、俺達はマンションの内部に入る。オートロックは止まっていたから勝手に開かないが、電気も止まっていたので手で無理やりこじ開けることができた。


 そしてエントランスを通って階段をのぼる。


(なんかドキドキしてきたわ)

「なぜですか」

(いつもここまでは入らなかったからな。悪いことをしている気分になる)

「……まあ人の家に無断で侵入しているので居心地の悪さは感じますが」

(いや未知の領域に探検してる気分になって興奮してる。誰も知らない山に入っていく気分だ)

「他所様の家を樹海のような扱いで見るのは失礼ですよ!」


 俺たちは2階ぐらいの部屋に入ろうと思ったが、ドアの部分が破壊されていたり一部は崩落みたいな状態でとても食料を探せなかった。仕方なく無事な階を探していったら結局最上階に来てしまっている。

 このマンションは廊下が外から丸見えのタイプのためできるだけ身をかがめつつ、玄関のドアが壊れている部屋へと入った。


 一般的で明らかに子供のいる家庭の部屋に入る。人はだれもいない――死体もだ。逃げたのか、破蓋の攻撃で完全消滅してしまったのか……


 ナナエもなにか思うところがあったのかしばらく目を閉じてうつむいていたが、


「今は感傷に浸っている場合ではありません。なにか食べられるものを探しましょう」


 そう言って戸棚や冷蔵庫を開け始める。冷蔵庫の中身は腐った食べ物から発生した謎の細菌が繁殖してキモいものがあるんじゃないかと思ったが、食べ物こそあったが、完全に干からびており、謎の細菌すらも死滅している感じだった。まるで魂でも抜かれたかのようだ。


 ナナエはチーズらしきものを一つ指にとってみたが、


「腐るを超えてもはや食べ物とは言えないものに変質していますね。とても食べられるものではないでしょう。他になにか……」


 まわりの戸棚を開け始める。人の家に上がり込んでものを漁るとか、どっかの名作ゲームみたいになってきたな。

 しばらく探していたが、


(あれ、缶詰じゃね?)


 俺が指さしたほうにはコンビーフやら鯖やら桃やらの缶詰がそれなりの量で残されていた。これだけあれば1日の体力回復に使えるだろう。しかし、食えるのか?


 ナナエが桃の缶詰の消費期限を確認する。21,12.01と書いてある。俺が死んだときより数年後だな。


「……今は何年何月なのでしょう?」


 そうナナエが頭を抱えてしまう。確かに消費期限がわかったところで今が何年なのかわからなきゃ意味がない。年月なんて地球の自転の回数をカウントしているようなもんだが、太陽すら見えない世界では時間の感覚すら得られない。


 缶に腐食とかは見られない。こうなったら仕方ないので、


(代われ。俺が毒味するしかないだろ)

「お願いします」


 というわけで俺が身体の主導権をもらい、缶詰を開けて食ってみることにする。最初は桃を開けてみた。あの香ばしい香りが漂い、見た目も特に問題ない。


 そのへんにあったフォークで思い切って食ってみたが、


「うまい」


 思わずパーッパッパーと背後で勝利の音楽が鳴り響くほどの上手さだ。飯を食うときはほとんどナナエが身体の主導権をもったままのおかげで、俺自身がしっかり味わうのはできないことが多いため、久々の味覚を感じる。


 俺は思わず手が止まらなくなってしまい、


「うまうま」


 そういいながら桃の缶詰を全部平らげてしまう。そして今度はとなりのコンビーフを開けて食い始める。これも美味い。次はみかんの缶詰。その次は鯖の缶詰を――


(おじさんいつまで食べてるんです!?)

「おっと」


 あまりの美味さに箸が止まらなくなってしまっていたのでナナエに止められてしまった。やばいやばい。いくらでも食えるなこれ。


「問題なさそうだぞ。いくらでも食えそうだ」

(ヒアリさんの分がなくなってしまうところですよ)


 ブツブツいっているナナエに身体の主導権を返す。

 ここにある缶詰はそこまで多くないので他の部屋にも入って食料をあさり始めた。


「やはり泥棒みたいで気分はあまり良くありませんね……」


 ナナエは渋い顔をしているが仕方ない。今は食わないと身がもたないからな。緊急避難ってやつだ。


 ここで急にゴォォォォという音が近づいてきた。

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