第5話 名前
ナナは校舎を出てそのまま門から学校に出ていく。
外は太陽が沈みかけていてすっかり赤色に染まっていた。
(どこに行くんだ?)
「家――寮です。この学校は全寮制なのでみんな近くにある集合住宅に住んでいるんですよ」
さっきの女子たちやナナの姿は中学生ぐらいの年齢に見えた。
(……その歳で親元から引き離されて大変じゃないのか?)
「英女は破蓋と戦い世界を守るという神聖な役目なんです。そんなことで辛いとか大変とか言う人はいませんよ」
ナナは少し自慢げに話す。
校門から学校の敷地外に出ると直ぐ側に低層五階建てのマンションがきれいにズラッと並んでいた。見たことがある――というかこれ団地だ。これが寮なのかよ。
(死んだ後に辿り着いた先が団地とか勘弁してほしいわ。死後の世界でも掃除しろってのか?)
「なんですかいきなり」
(さっき言った掃除していたら地震が起きて潰されて死んだところと同じ形式の集合住宅だよ)
「あなたの世界にあるのと同じものなんですか?」
(全くそっくりだな)
ナナが団地の敷地に入って歩く間、視界に映る建物を確認するが、エレベーターがなくて階段が複数あってボロ臭いコンクリート作りのところまでそっくりだ。なんなんだろうな、この世界は。
「元々はただの団地だったらしいんですが、この地に大穴が出来て破蓋が侵攻してくるようになって人が住めなくなり、その後私達の英女が通う学校ができた際に寮として利用する事になったと聞いています」
(へえ)
年季の入ってそうな団地だな。俺が掃除していた団地も築50年ぐらいだったが、この外観を見る限り、ここも同じぐらい古そうだ。
やがてナナは一つの団地の棟に入ると一階のポストを中身をチェックし始めた。表札には「501号室 ミチカワ」と書かれている。
(ミチカワ・ナナか。日本語っぽい名前だな。団地といい俺の世界と似通っているところがあるのは気になる)
「私の名前はナナではありませんよ。ナナエです」
予想外のナナの言葉に俺は疑問符を浮かべて、
(そうなのか? でもさっき一緒にいた奴はナナって呼んでたじゃん)
「ミナミさん――さっき一緒に破蓋と戦っていた人が私のことをそう呼んでいるだけです」
あだ名なのかよ。紛らわしいわ。
ナナ――もとい、ナナエはポストの中にあった紙袋を取り出して階段を登り始める。501だから五階だろう。
途中でナナエはふと思いついたように、
「私の名前を教えたんですから、あなたの名前も教えてください」
ナナエにそう言われたが、俺は言葉に詰まり、
(やだ)
「は?」
(なんかこっ恥ずかしいから教えたくない)
俺がそう言うと、ナナエは立ち止まって困惑し、
「……意味がわかりません。なぜですか」
(だってあの自己紹介とか仲良くしようとかいうコミュニケーションが嫌だったから社会の歯車に慣れなかった人間だし、自分の名前とか相手に言うと吐き気がしてくる。ここ最近の仕事現場でも相手に自分の名前を教えるなんて何かの書類申請をするときぐらいだったからなぁ)
「こみゅにけーしょんってなんですか」
ナナエが首を傾げて聞いてくる。コミュニケーションっていう単語が通じないのか? そういやこれなんって意味なんだっけ。
(……えーっと、人間関係を円滑にするための付き合いとかそんな感じの意味だったと思う)
「交流?」
(ああ、それそれ)
「それはいいですから、名前を教えて下さい。礼儀でしょう」
(だからなんかやだなんだって。俺のことは適当におっさんとでも呼んでくれ)
「えぇ……」
ナナエは意味がわからないと額に手を当ててしまったが、
「……まあいいでしょう。さっさとでていってもらう相手の名前を聞いても仕方がないという思いもあります。しかし、おっさんというのは下品なのでおじさんと呼びます。それでいいですか」
(その辺は任せるよ)
おじさんという呼び方も少々こそばゆい気がするが、まあ細かい話だろう。
そんな話をしている間に5階の部屋にたどり着き、ナナエは鍵を開けた。
「……ただいまです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます