第6話 強制共同生活
部屋に戻ってきたナナエ(と俺)。
鍵を開けて中に入ると奥は和室の部屋になっていて、玄関近くには簡易的なキッチン――台所もある。視界に入ってきたところを確認する限り、風呂とトイレもありそうだ。元々団地と言っても中身の部屋は寮程度の設備しかないようにされているらしい。
(まるで昔住んでいたボロアパートに帰ってきた気分だぜ)
「なに人の部屋をジロジロみているんですか」
(見たくてみてんじゃねーよ。お前が目を開いていると俺の視界にも入ってくるんだからどうしようもないだろ)
「まるで盗撮か覗き見されている気分です。なんで私がこんな目に……」
そうブツブツ文句を言いながら、戦いを終えて汗を含んだ上着を脱ごうとして――
「見ないで下さいよ?」
おっさんの存在に気がついてすぐに脱ぐのをやめる。
(見るなと言われてもお前が見てるのは俺にも見れるんだがどうしようもない)
「これでは着替えができません!」
まずいまずいと部屋の中を歩き回るナナエ。
ここでおっさんはふと気が付き、
(そういや汗かいたって事はもしかしてシャワーも浴びたりするのか?」
「しゃわーってなんですか」
そう聞かれおっさんはちょっと考えてみるが、
(そういやシャワーってなんで言い換えれば良いんだ。思いつかねえぞ。えーと、ホースを天井に引っ掛けて頭からお湯を被るんだよ)
「散水? それなら浴室にありますよ」
(庭に水撒きする道具みたいな言い方だな……)
「お湯なので散湯とも言いますね。で、それがどうかしましたか」
(いや……お前が風呂に入ると俺にも丸見えなんだが)
「!?」
顔を真っ青にしてしまうナナエ。
「今すぐおじさんは私の身体から出ていって下さい!」
(だから無理だって。やり方分からないし。そもそもなんでお前の頭のなかにはいっちまったのかわからねーし)
「な、ならせめて目をつぶるとか…」
(俺の意志で目は閉じられないぞ。お前が見ている光景そのまんまだ)
「じゃあ駄目じゃないですか! これでは着替えどころかお風呂にも入れません!」
ナナエは思わずがっくりと膝を落としてしまう。
俺は見える範囲でナナエの身体を見てみる。ちょうどナナエがうつむいていたところだったが、胸から足まで真っ平らで足の指先までしっかり見える。絶壁ってやつだ。
(はっ)
「なんですか、その嘲笑のこもった声は」
(俺は年季の入ったスタイルの良い女が好みなんだ。こんな前と背中の区別もつかないようなガキに欲情したりしねーよ)
「下品なことを言うのはやめて下さい! あとそんな下品なことを私の声で話すのもやめて下さい!」
(そういわれても俺にはどうしようもないぞ。お前が見ているものしか見えないし自力で動くことすら出来やしない)
「……ううなんでこんなことに」
ナナエはすっかり床に座り込んで頭を抱えてしまっている。
俺もさすがに悪いことをしたと――内心では別にもしてなくね?と思いつつ――何か方法がないか考えはじめる。
しかし、俺とナナエを引き離すことができないのだからやれることはない。あくまでもナナエが風呂に入っている間視界を隠せれば良いのだが……
ここでナナエがはっとひらめき、
「……分かりました。だったら私が目を閉じてお風呂に入れば良いんです」
とんでもないことを言い出したナナエに俺は唖然としてしまい、
(それ無理だろ)
「いいえできます! 神々様から選ばれ、英女として日々鍛錬をし続けた私にとって暗闇の中で湯浴びをこなすなどできて当然です!」
そう言い切ると近くの棚からタオルを取り出して自ら目隠しをしてしまった。視界を共有している俺も何も見えなくなる。
「これで一安心です。とりあえずお風呂に入りましょう。戦いの汗を流すんです」
そう言ってゴソゴソと服を脱いでいるらしき音が聞こえてくる。これはこれでなんだか人の部屋の頭頂をしているようで悪いことをしている気分だ。
やがて、微かに視界が揺れはじめた。どうやら歩き出したらしい――が、
「あいた!」
突然ナナエが声を上げてタオルから微妙に漏れてくる明かりがゆらいだ。
(おい、どうしたんだよ)
「な、なんでもありません。えっと、確かこっちの方に……」
ナナエはそう言いながら何かフラフラしている感じがする。視界を遮られると音ぐらいしか聞こえないので何をやっているのかよくわからないが、直感で悟る。
(もしかして大見えきった癖にどこに何があるのかわからねーのか?)
「そ、そんなことありません! いつもいる部屋なんですからすぐに慣れま――あたっ!」
どうやらまた何かにぶつかったらしい。
結局、悪戦苦闘した結果、扉が開く音が聞こえ、その後もしばらくナナエの苦悩のうめき声が続いたがやがて水が流れる音が聞こえ始める。どうやら無事にシャワーを浴び始めたようだ。
「全く……義務を果たした後にしっかり湯を浴びて身体をきれいにして集めのお風呂にしっかり浸かるのが癒やしだったと言うのになんでこんなことに……」
(周りから年寄りくさいって言われないか?)
「そんなことありませんよ! 普通です!」
なんかぎくりとした感じで応えたから多分普段からそう言われているようだ。
ナナエはさっさと身体を洗いおえたらしくすぐに風呂場から出て身体を拭いて緩めの普段着に着替えていた。目隠ししたままだったのでかなり悪戦苦闘していたようだが。
ようやく目隠しが外れて俺の視界にも光が戻ってくる。眩しくて辛いが目を閉じられない。
窓の外はすっかり日が落ちて夜空になり、大きな三日月と星々が輝いていた。俺の世界と全く同じ夜景だな。
「あの……」
ここでナナエが何か口にしづらそうにし始める。
(なんだよ)
「いえ、その……」
指差したのはトイレだった。
(なんだトイレに行きたいのか? 行けばいいだろ。てか風呂の前に行っておけよ)
「トイレってなんですか」
(便所)
「最初からそう言って下さい。しかしお手洗いといったほうが品が良いと思います。色々ありすぎて行くのを忘れていただけです」
(どっちでもいいだろ。で、それがどうかしたのか――)
ここまで言ってナナエが何を言いたいのか気がついた。
俺とナナエが共有しているのは視界と音だ。視界はさっきの風呂みたいに目を隠せばいい。しかし、トイレはどうなる? 主に「音」の方向で。
ナナエも同じ結論に至っていたらしく、
「あの……聞かないでくださいよ?」
(んなこと言われても俺にはどうにもできん)
「この変態! なんていやらしい!」
(いきなり罵倒されても困るわ! 俺だって他人がクソとションベンひねり出す音なんて聞きたくねえよ!)
「私の声で汚らわしい発言をするのはやめて下さい!」
――しばらくギャーギャー言い争った後、
「と、とりあえず、いったん落ち着いてそろそろ建設的なことを考えましょう……。正直私もそろそろ危険な感じになってきました」
(だ、だな。ここで漏らされても俺も困る)
とにかく何か対策を考えるしかない。
(耳栓はないのか? ある程度は防げるかもしれない)
「持ってません。必要があるとは思いませんでした」
(……まあ普通はもってないよな。隣の部屋がうるせーとかでもない限りは。なら手で耳をふさぐとか)
「それではあまり効果を期待できません」
ナナエは試しに手で耳を抑えてあーあーと言うが普通に聞こえてくる。これでは意味がない。
ふと俺は前に病院のトイレを使ったときのことを思い出し、
(そういやトイレ――便所で音を聞かれるのが不快だから使うときに音楽を流せる装置があったな)
「音楽? ……それです!」
ナナエは手を叩いて机の上で充電していた携帯と脇においてあったイヤホン(そういやこれはなんて呼んでいるんだ?)を取り出すと、すぐさま耳に取り付けてそれをいじり始めた。
てか携帯電話あるのかよ。しかも作りがスマートフォンそのまんまじゃないか。本当にここは異世界なのか?
しばらくすると演歌っぽい曲が耳の中で鳴り響き全くそれ以外の音が聞こえなくなった。そして、また目隠しをすると、
「これで大丈夫です、いけます!」
そう言って便所に駆け込んだ。
…………
ほどなくして用を済ませたナナエは疲れきった感じでがっくりとうなだれてしまい、
「お手洗いに行くだけでこんな苦労するなんて、どうしてこんなことに……」
俺も原因が知りたい。この調子だと身が持たない。
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