第7話 破蓋と英女

 その後ナナエは手際よく晩飯の準備を初めて米と野菜と焼き魚をテーブルに並べる。

 俺は感心して、


(1人でこんなの作れるってすげーな。俺はもう飯を作る時間も面倒だってコンビニで弁当買うだけだった)

「今日はつかれたので魚を焼いて野菜を切ったぐらいですよ。あとコンビニってなんですか」

(24時間営業している商店)

「それなら私の世界にもありますね。学校近くにはありませんが」

(じゃあこの食材はどうやって買っているんだ?)

「英女はある程度学校側が特別な要望を聞いてくれます。私は日々の修練の一環として自炊したいと言ってあるので、学校が食材を用意してくれています。他の生徒達は学食ですが」


 ナナエはまたふふんと自慢げに話す。英女ってのは待遇が良いらしい。まあ世界を守るとか化け物と戦うとかやっているんだからそのくらいはしてもらって当然か。


 今のうちに聞けることは聞いておこうと思い、


(学校にいる生徒ってみんなお前みたいにあの化物と戦っているのか?)


 その問いにナナエは一旦箸を止めてから、


「今は食事中ですよ……まあいいです。戦っているのは私とミナミさんだけです。他の生徒達は候補生です)

(候補生?)

「神々様に選ばれて破蓋と戦うために力を授けられる人――つまり英女と呼ばれている存在ですが、誰でもなれるわけではありません。一定の基準を満たしている人の中から選ばれます。それを適正値と呼び、それが高い人がこの学校に集められて生活しています」

(基準ってどんなのなんだ?)

「まず女性であり、歳が10~17歳程度。つまり少女ですね」

(大人はいないのかよ)

「いません。それ以上の年齢の女性に神々様が特別な力を授けたという記録はないそうです」

 

 大人と男は穢れているとでも言うつもりかよ……うーん、底辺でろくでもないおばちゃんとか野郎ばっかり見てきたら否定できないから困る。


(他には?)

「あとは人として優れている点です。具体的には他者を思いやり、我が身を犠牲にしても助けるという奉仕精神のことですね」

(……お前適正値低くないか?)

「なぜですか!?」


 俺が突っ込むと目くじらを立てて怒り出すナナエ。


(だってなんか嫌味臭いし辛辣だし説教臭いし宗教臭いし……)

「何を言っているんですか。私が神々様に選ばれた時点で人として優れいているのは明白ですよ」


 そこまで言ったもののその後ぼそっと、


「……ま、まあ実のところ私は適正値があまり高いとはいえないんですが……」


 あっさり認めてしまった。しかし、俺は逆に感心し、


(でも、こういうことを無駄に反発せず認めるっていう素直さは確かに普通の人間より出来が良いのかもしれないな。俺がいた底辺労働者の世界はどんなに間違えても意地でも認めないクソみたいな人格のやつがかなりいたし)

「ていへんってなんですか――ああ、底辺ですか。おじさんの言動から見てどういうものか想像がつくので説明しなくて結構です」

(やっぱムカつくなこいつ!)


 相変わらずの辛辣さである。まあそれはさておき、


(んで、お前がさっきのところで銃を持ってあの化物と戦っていたってことか。そういやあそこはなんなんだ? 洞窟だったと思ったが)

「あそこは大穴と呼んでいる場所です。学校のすぐ近くにあって、広さが直径200米あります」

(べいってなんだ。おせんべいか?)

「お菓子ではありませんよ。長さの単位です)


 ナナエはそういうが、俺はうーんとうなり、


(米なんて図り方は聞いたことがない――ああ、そういやアパート探しをしていたときに○○平米とか見たな。てことはメートルか?)

「めーとるってなんですか」


 毎度話が途切れて鬱陶しいな。英語を基本にした単語が全く通じないようなので、こっちもできるだけ日本語っぽい言葉に置き換えて言わないと説明するのが面倒だな。


(多分、米と同じだと思うぞ。1米ってどのくらいの長さだ?)

「私の身長が1.55米です」


 1.55メートル? なら155cmか。ナナエの全身を鏡で見たときのを思い出す感じでは単位は同じようだ。センチとかキロまで説明すると面倒そうだから今は黙っておこう。小数点の概念はあるからようだしなんとかなる。

 にしてもスマフォもあるし、部屋の中はテレビっぽいものも置かれているし、炊飯ジャーやらポットやらキッチンもあるが、外国語が元になった言葉が全く通じないのは妙な気分だ。この国の文化はどんなことになってんだろ。


(ならたぶん同じだな。洞窟にしてはかなり広くないか? ああだから大穴って呼んでいるのか)

「その名前の理由は入り口部分の広さだけではありません。深さにあります」

(そういや帰るときにエレベーター――じゃなかった昇降機みたいなので地上まで上がっていたっけ。確かに随分深いところまでいたようだが)


 破蓋との戦いが終わった後、ナナエとミナミは武器などを持って洞窟の壁に設置された階段を登り、途中からエレベーターで地上まで登っていた。


 ナナエは頷くと、


「大穴の恐ろしさはその深さにあります。一体どこまで伸びているのか未だにわかっていません。人類が無人観測機で調査できたのは15000米の深さまでです。推測ではそれでもまだ一部に過ぎず、底はもっと深いと言われています」

(15000って洒落になってないだろ。でも調査しようと思えばできそうだが、そこから下には行けない理由があるのか?)

「高温地帯になっています。地下に降りれば降りるほど温度が上がり熱くなるんですが、15000米あたりからひどくなり300度を超えます。無人観測機を送り込んでもそれ以下は熱に耐えきれず壊れてしまいます」

(なるほどな……で、話の流れからさっするとそこから破蓋ってのが現れていると)

「ええ。破蓋はその高熱をものともせず浮上してきます。大穴が奴らにとってただの通り道なのか、さらにその下の底で生まれているのかは不明ですが」


 その話に俺はスケールの大きさを感じる。

 地底15000メートルより迫ってくる化物。そいつから人類を守るために戦う少女たち。漫画とかフィクションの世界だな。


 ナナエは話を続けて、


「深度12000には無人監視装置が付けられています。そこを通過すると学校に連絡が入り、私とミナミさんが迎撃に向かうという流れですね。私が英女に選ばれたのは4年前ですが、それよりずっと前から同じような形になっています」

(いつから戦っているんだよ)

「55年前からですね。大穴が出来て破蓋が現れるようになってしばらくは混乱もあったそうですが」

(そんなにかよ……それで未だに敵を撃破するどころか正体も目的もわかってないのか。お前のところの政府は無能なんじゃねーの)

「……まあ未だに進展がないという批判は受け入れざるを得ません。ですが、それは私達英女の力が及ばないのが一番の理由です。もっと力を持てれば破蓋の本拠地に直接乗り込んだりできるはずなんですが……」


 ナナエは少し声のトーンを落とす。少なからず責任を感じているように見える。しかし、


(いやいや、お前が悪いってことはないだろ。話を聞く限りじゃお前らはただの労働者だからな。上がしっかりサポート、じゃなくて支援や指示するのは当然だ。未だに解決できてないのはその支援の仕方に問題があるはず。俺も上がアホすぎて現場で働いている俺らが疲弊しまくるのは嫌というほど知っているからな)

「労働者!? 選ばれし英女の役目をおじさんと一緒にしないでくれませんか!?」


 仰天するナナエだったが、


(だって決まったことを日々こなすだけだろ? 命をかけるのは大変だろうがやっていることは決まっているみたいだからな)

「…………」

(だから気に病むことはない。うまくいかないことがあったら、とりあえず上が無能ってことにしておけ。そのほうが気が楽だしな)

「……私はそんな風には思えませんよ」


 そうポツリというナナエ。何か思うところはありそうだが、これ以上突っ込むのは野暮だからやめておこう。なので話を切り替えて、


(お前は最深部に行ったことはないのかよ)

「ありません。大穴の防御機構について説明したほうが手っ取り早そうですね」


 ここでちょうど食事を終えたナナエはさらをテーブルの脇に置き、勉強机からノート(これはなんて表現すりゃいいんだ)を持ってくると、


「まず大穴は本来完全な縦穴です。足場になるところもほとんどないためそのままでは戦う場所もありません。しかし、破蓋が地上に出てくると無差別に攻撃を始めるため大変な被害が出てしまうと言われています。そのため大穴内部で撃破する必要があります」


 ナナエはノートに縦穴を描いた。しかし、線が歪んでいて穴というより大根のように見えてしまう。


(下手な絵だな)

「う、うるさいですね。美術は苦手なんです。それで深度3000までを迎撃用の陣地にしてあります。」


 そう言って穴の上部のほうを6つに線で区切るが、大根の輪切りにしか見えねえ。

 ナナエはお構いなしに続けて、


「こうやって深度3000までを6つに深度ごとに分けて、壁に沿って階段や防御用の陣地を設置しています。そこを利用して戦いますが、3000より下は何も作っていません」

(つまり、万一そこから落ちたら延々落ち続けて帰ってこれないってわけか)

「はい。なので限界深度どころか英女が行けるのは原則深度3000までです。ここから下は無人観測機しかいけません。万一落下してしまった緊急時のために壁沿いに幾つか縄を降ろしてありますが気休め程度です」


 ナナエの説明だと深度3000までは移動したりできるようになっているようだが、できたときはただの縦穴ならそこまで陣地を作り続けるのは想像を絶する苦難だっただろう。多分死者――戻ってこないから行方不明者か――がたくさん出ただろうな。

 長らく底辺労働者をやっていたが、土方だけは命の危険があるから避けていてよかったとつい思ってしまう。倉庫作業や清掃で死ぬことはめったにないからな。って清掃の仕事で死んだか。


 ナナエは3番目の層の部分を鉛筆で太くなぞり、


「3層だけは唯一階段や小さな陣地だけではなく頑丈な足場を広く構築しています。破蓋の型によっては銃による射撃ではなく近接戦闘を行う必要があるためです」

(破蓋っていう化物はあれだけじゃないのか)

「当然です。すでに数百の型が確認されていますし、まだ新型が現れることもあります」

(さっきのハサミみたいなのだけじゃないってことかよ。面倒くせえな)


 何気ない俺の一言だったが、ナナエは感心したように、


「……よくわかりましたね。あれは鋏のような形をしているので鋏型と呼んでいます。時間をかけて映像解析を続けて命名されているんですが」

(いやあんな◯◯があってそこから刃が開いて閉じて切断しに来るとかハサミ以外考えられないだろ)

「おじさんにも人並みに思考能力があったということですね。少し見直しました」

(お前絶対バカにしてるだろ!?)


 視線を共有しているためこいつの顔が見えないが、すごいドヤ顔している気がする。さっきの仕返しかよ。


 ナナエはそこでノートを閉じて、


「とりあえずお皿を片付けましょう」


 そういって台所に向かった。


 ナナエが洗剤で皿を洗っている間に俺は少し不安になりつつあった。

 もしかしてとんでもないことに巻き込まれてないか?

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