第8話 睡眠の重要性
食事を終えた後、ナナエは机に向かい、学校にの宿題をやり始めた。邪魔するなと言われたので今は黙っておく。
ノートに書かれている問題を見ると数学のようだ。外国語の言葉が通じないくせに数学は学校でやってんのかよ。どうなってんだか。
カリカリカリ
静かな部屋の中でナナエの鉛筆がノートをなぞる音だけが聞こえてくる。
……暇だな。
なんせ身体の自由も利かないし見えるのもノートの問題ばかりだ。スラスラと解答を書いているところを見るとナナエは頭が良さそうだ。しかし、別に俺が解いているわけじゃないので何もせずただ見てるだけ。
なのでやっぱり暇としか言いようがない。これでは暇を持て余してうずうずしてしまう。
底辺の現場に行ったものの作業が早く終わってやることがなくなってふらついているときが一番拷問だ。スマフォいじっているわけにも行かないし、今後のために自分の担当外の作業を見て憶えていて下さい~とか言われた日にゃ金いらないから帰らせてくれといいたくなった。
俺はふとテレビが有ることを思い出し、
(なあテレビつけないか? 退屈で死にそうなんだ。気を紛らわせたい)
「てれびってなんですか」
ナナエの疑問を口にするも宿題は続行している。大した集中力だ。
で、テレビってなんていえばいいんだ。電波と受信するモニター、は通じないから映像機か?
(えーっと、電波を受信してそれを表示する機械というか……)
「電波受像機でしょう。それくらい知っておいて下さい」
(しらねーよ。俺の世界じゃみんなテレビとしかいわん。正式にはTelevisionとかいうのだったはずだしな)
「全く仕方ありませんね……あ」
ここでナナエが何か思いついたような感じになり、テレビのリモコンを操作して表示する。テレビのタイプは液晶だった。こういう寮とかだとむかしのブラウン管とか勝手にイメージしていたから意外だ。
しかし、そこに映し出されたものに俺は絶句する。
『神々様の真の素晴らしさを学ぶことにより道徳心を向上させ、信仰心を高めましょう ~小学校低学年部~』
とかいうテロップが表示されたかと思えば、前にナナエが話していた神々様とは~という講義みたいなのが流れ始めた。内容は道徳の時間に流れてきそうな人とはとかそんな内容である。こんなの見せ続けたら洗脳されちまう。
(無理無理。頭がおかしくなるわ。他のにしてくれ)
「神々様のありがたい教えを拒絶するとはやはりまともな人とは思えません。それが底辺ってものですか」
(うるせー。確かに底辺だが宗教に走るほど堕ちてもないんだよ)
「はいはい……でも私の宿題を邪魔されるのは困るので別のにしますが――どれにすればいいのか思いつきません」
(ニュース見せてくれよ。この世界がどんなのか少しわかるかも知れないし)
「にゅーすってなんですか」
(報道番組?だと思う)
「ああ。それならちょうど一時間番組をやってます」
リモコンで操作し、NHKあたりでよく見た映像が映し出された。俺はそれを見ようとしたが、すぐにナナエが席に戻って勉強を再開してしまったので、見えるのは数学の問題ばかり。しかし、音声だけは耳に届いてくるのでそれを聞き始める。
内容は俺の世界と同じく◯市で事故がありましたとか、火事がありましたとか、政治の動きどうたらこうたらというだけだった。
しかし、テレビの声は普通に日本語なのが気になる。異世界に来たんだから日本語が通じるのはおかしい。ナナエと会話しているときも日本語で話しているよなと思っていたが、あれは思考で語りかけているようなものだったので言語とか関係なく通じていたのでは?と適当に深く考えてなかったが、テレビから日本語が流れてくるとなにかおかしいという気がしてきた
ふと、ナナエのノートを覗いてみると、手書きで文字がメモみたいな感じでかかれている。それも普通に日本語で俺でも読めるものだった。カタカナ文字はまったくなくひらがなと漢字だけで書かれていた。
ニュースや言語まで俺の世界と同じようなものになっているが、実はここが異世界じゃないというオチはないだろうな?
ここでナナエに声をかけてみようと思ったが、かなり集中しているのは雰囲気でわかったので後で聞くことにしておく。
仕方ないので俺もテレビの音声だけ聞いて退屈を紛らわせることにした。
…………
ナナエは宿題を終わらせると、壁にかけられている時計を見る。デジタルではなく針がカチカチ音を鳴らして回転しているアナログのやつだ。今は22時を指している。
「まだ早いですが……今日は疲れたのでもう寝ます」
そう言って机の上を片付け始める。
俺は家に帰る前にポストから取り出していた紙袋を思い出し、
(そういやよく眠れる薬もらったんだろ? 飲まないのかよ)
「あのような薬に頼るほど落ちぶれてはいません。先生に誤解されてしまっただけですし、普通に寝れますよ」
そう言いながらタンスから寝間着を取り出す。そして上着を脱ごうとして、
「見ないでくださいよ?」
(無理だって)
「……全く面倒すぎて更に疲れが増します」
ブツブツ文句を言いながら目隠しをして視界を覆う。少し慣れてきたのか10秒足らずで寝間着に着替え終えてすぐに視界が解放される。
そして、明かりを消して布団に潜り込んだ。結局、目隠しをしてなくてもすぐに真っ暗で何も見えない。
……ん? ちょっと待てよ?
(なあ、目隠ししなくても部屋を真っ暗にすればいいんじゃねーの? これくらいの暗さなら目隠しと大差ないだろ。風呂にも入れる)
俺の指摘にナナエは布団に入ったままはっと目を開いて、
「……それです! おじさんの割にはいい考えですね! 明日から実践しましょう!」
(割ってお前……まあその方法は明るい時間じゃ使えないけどな)
「部屋の中に陽の光が入ってこなければ良いんでしょう? それなら窓という窓を全て塞げばいいだけです。早速明日資源回収に出されている新聞紙を貰ってきて窓に貼り付けます」
(引きこもりかよ。ますます頭がおかしくなったと思われるぞ)
「この調子では私の胃に穴が空きかねませんから多少の問題は覚悟の上です。それにおじさんがいなくなればすぐに元通りにしますよ」
ナナエはそれだけ言うと目を閉じて、眠りに入ろうとする。
………
………
「……眠れません」
そう目を開けてボソリと呟いた。
「おじさんがいるからです。同じ部屋に得体の知れない大人がいるんですよ? 身に危険を感じてとても眠る気分になれません」
ブツブツ文句を言うナナエ。まあその気持ちはわからんでもない。俺も知らないやつが同じ部屋にいたら寝るどころか逃げて警察に駆け込むだろうしな。
(意地張らないで貰った薬飲んどけよ。世界を守るなんていう大層な仕事をしているなら明日に差し支えがでないようにした方がいいだろ)
「むう」
俺の言葉にナナエは不満そうな声を出しつつ、布団から一度出て机の棚に入れてあった紙袋から睡眠薬らしきカプセルを取りだす。その後台所で水と一緒に飲むとまた布団に戻った。
「このようなものに頼らなければならないとは不覚です。英女として屈辱ですらありますよ」
プライドの問題なんだろう。しかし、俺は睡眠の重要性をよく理解している。
(俺は底辺のせいで仕事の時間が不安定だったから、寝る時間帯も不安定になりがちで、睡眠が上手く取れなかったんだよ。だから睡眠不足は本気でヤバイって知ってる。まず頭痛が起きやすくなる)
「頭痛ぐらい私にも経験がありますよ?」
(普通の頭痛じゃないぞ。片頭痛っていうんだけどな。後頭部に数秒に一回強い痛みが来るんだ。それも強めに殴られている感じのやつ)
「病気の一種なんですか?」
(そうらしい。頭の血管が拡張するとかなんとからしいが詳しくは知らん。一度始まると辛いぞ。何かをしていてもいきなり後頭部に拳で殴られる痛みがくるからな。集中力も欠けるしイライラしてくる。しかも薬とか飲まないと数日続くからな)
「なら薬を飲めば良いんでしょう?」
(確かにそうだが、これの症状を抑える薬の副作用が辛くてな。頭痛はなくなるが身体が筋肉痛みたいになったり意識が不安定になったりして結局寝るしかない。痛いのよりはマシだけどな)
「……なるほど。確かに恐ろしい病気のようですね。気をつけます」
(だがこの問題で最大の障害はその薬の高さだ。俺の世界ではマクサルトというものを貰っていたんだがこれが高い。保険ありで10錠数千円普通にいく。経済的な問題にもぶち当たる)
「あまり詳しくはないのですが、そういうお薬は保険が効くので安く買えると聞いたことがあります」
(ああ。俺は7割負担――本来の薬の値段の内3割だけ払えばいい。でもこの薬は本当に高くてな。みんな同じかわからんが俺のときは1錠300円だったから10錠もらって3000円も払う羽目になったよ。無駄な出費すぎて辛かった)
「それはおじさんの収入に問題があるように感じますよ。子供の私から見ると確かに高額に思えますが、私と同じ金銭感覚のおじさんはかなり危険な生活水準なのではないですか?」
(こらバカ真実に気がつくんじゃない)
相変わらず頭がキレるしツッコミも手厳しいやつだ。
ふと、少し自分語り気味のことを饒舌に語りすぎたかと思ってしまう。さっきからべらべら自分の話ばかりして退屈になるんじゃないだろうか。いやむしろ鬱陶しがられる可能性も。
しかし、ナナエは意外と素直に聞いていた。ただどこか声が微睡んでいるように感じるのは睡眠薬が効いているのかもしれない。
どうせ薬が効くまでの子守唄代わりだと考え、俺は話を続けて、
(あとは高血圧だな。寝不足だと上がってくるらしい。お前ぐらいの歳ならあまり意識はしないだろうが俺みたいなおっさんになってくると頭が重かったりだるかったりと体調に出てくる。それを抑えるために薬を貰って血圧を下げるわけだが毎月金がかかるし良いことなんてなにもない)
「……私はそんな歳ではありませんから……」
(でも避けておいたほうが良いだろ。だから睡眠はきっちり取っておこうと最近思っていたんだよ。お前もしっかり寝ておけ)
「…………」
ナナエの返事がなくなる。代わりにスースーと寝息が聞こえるようになった。視界も完全に閉じられている。どうやらすっかり眠ってしまったらしい。日本語の件も今のうちに聞いておこうかと思ったが、明日にするか。
……そして暗い部屋の中に沈黙が訪れる……
……おい。
ここでふと気がついた。どうやらナナエが寝ていても俺の意識はそのままらしい。
ちょっと待て。これだと俺はナナエが朝になって起きるまで何もできずにこのままでいろというのか? 暇なんてもんじゃないぞ。繰り返すが、仕事だってやることがない時間が一番長くてつらいからな。
こういう場合は俺も寝るしかない。しかし、意識だけの状態の俺が眠れるのか。今の状態は言ってみれば幽霊みたいなもののはずだが、幽霊って眠れるのかよ。
とりあえず羊でも数えてみよう。
羊が一匹
羊が二匹
羊が三匹
羊が……
…………
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