第9話 いつもの学校(とおっさん)

 チュンチュン。

 どこからともなくスズメの鳴き声が聞こえてくる。

 視界が明るい。さっきまで真っ暗だったのに眩しいと感じるということは今は朝か昼だろう。どうやら幽霊でも眠れたらしい。


 視界が小刻みに上下に揺れている。団地の間を走る道路を歩いているようだ。周りには学校の制服らしき服を着た人が複数歩いている。どこかに移動中か?

 とりあえず俺はナナエに声をかけてみる。


(おはよう)

「ひいっ!」


 ナナエは大きな引きつった悲鳴を上げた。同時に周りを歩いていた人――恐らく制服を着ているからナナエと同じ学校の生徒だろう――の視線が一斉にナナエに集まる。


 ナナエはしばらく顔を赤くなったのを隠すように手で顔を抑えていたが、


「大丈夫です。虫が顔に突然くっついたので驚いてしまいました」


 そう周りに言うと女子生徒たちがわらわら集まってきて、


「大丈夫? 払ってあげるよ」

「どこ? 髪にはついてないみたいだけど」

「いえ、もう何処かに行ってしまったから大丈夫ですっ」


 慌ててナナエは手を振って大丈夫だとアピールすると、よかったと女子たちは散っていった。少しでも困っている人がああやってすぐに声をかけてくるのばっかりか。適正値が人としての出来を表しているのは確かっぽいな。


 ナナエは落ち着きを取り直したようにまた歩き出す。そして、手で口を覆い声を漏らさないように、


「いきなり声をかけてこないでくださいっ。おじさんのせいで変に注目されてしまったではないですか」

(そう言われても起きたらいきなり外だし、とりあえずお前に状況を聞くのは当たり前だろ)

「朝起きたら声が聞こえなくなったので、悪夢が消え去ったと思ってたのに……」


 そう口をとがらせて文句を言いながらがっかりしたように肩を落とす。こいつ喜びで小躍りでもしていていたっぽいな。起きてりゃ面白いものが見れたかもしれん。


「とにかくおとなしくして下さい。今から学校に行くので騒ぎを起こす訳にはいきません。といいますか、おじさんは今まで寝ていたんですか?」

(ああ、お前が寝た後も俺の意識が残ったままでやることなくて暇だったから寝れるかやってみたらできたぞ。なんか変な感じだが、まあできたならいいだろう。面倒だから突っ込まない)

「……………」


 ナナエはただ呆れてしまっているが、わからんもんはわからんし難しく考えても仕方あるまい。よくわからんときはとりあえずいつもやっていることをやっていればいいんだよ。それなら時間の無駄にならないしな。


(で、今から学校に行くのか?)

「はい。破蓋が来ないときは普通の生徒として勉強しなければなりません。むしろ破蓋が来るたびに他の人から遅れてしまうので取り戻さなければならないです」


 そう言っている間に団地を抜けて学校の門をくぐっていく。昨日はバタバタして気が付かなかったが、校庭に体育館にプールに校舎と俺の世界と学校と何一つ変わってない。やっぱり異世界って感じがまるでしねーな。


 ナナエは昇降口から二階の教室に入り、一番後ろの窓際席に座った。

 カバンから教科書やらなんやらを取り出していると、


「ナナー、おはよー」

「ミナミさんおはようございます」


 教室に一人の少女が入ってきた。昨日大穴でナナエと一緒に戦っていたミナミという名前だったな。制服姿でメガネをかけている。


「おやおや、ナナ今日ちょっと疲れてない? なんか顔に出てるよ」

「え……いえそんなことはありませんよ、いつも通りです」


 図星を疲れて一瞬戸惑うナナエだったが、すぐに平静を装う。しかし、ミナミはお構いなしに、


「ナナ! 困ったことがあったらすぐに言ってね! 私を守ってくれるナナを私が守るから!」


 ミナミはぐっと親指を立てている。変にテンション高いなこいつ。

 ナナエははいはいだと、


「もう授業が始まりますよ。ミナミさんも自分のクラスに戻って下さい」

「はーい、じゃあまたねー」


 そう言ってパタパタと軽い足取りで教室から出ていった。


(明るいやつだな)

「そうですね。ミナミさんが英女に選ばれて私とともに戦うようになってからそろそろ三ヶ月ですが、未だに戸惑うことが多いです」


 ナナエは口元を隠して周りに聞こえないように話す。

 ん? 三ヶ月? こいつ4年やってるって言ってなかったっけ。


(その前はどうしてたんだよ。その前にも別のパートナー――仲間とかいたのか?)

「……戦死しましたよ」

(……………)


 ナナエはポツリという。やべえこと聞いちまったか。

 俺が気まずい感じで黙っていると、ナナエは教科書を並べ終え、


「別に気にしなくていいですよ。破蓋との戦いは熾烈です。もう四回も仲間と別れましたから」


 そう平静に話す。すぐに始業のチャイムがなり、教室から雑談が消える。

 その時俺はふと思った。

 なんでナナエは四年も生き延びているのだろうか。


 しかし、今の空気で俺はそれを尋ねる度胸がなかった。

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