第4話 状況を整理しよう

「…………」


 ナナはまたロッカールームに戻ってきて黙ったまま頭を抱えてしまっていた。気持ちはわからんでもない。正直俺も頭を抱えたいし。

 しかし、こんな重苦しい沈黙を続けていると俺も息が詰まりそうだ。


(なあ、とりあえず状況をまとめないか? 俺も何が起きているのかさっぱりわからないし、お互いに情報を共有したらなんか原因がわかるかもしれないだろ?)

「……まあ……そうですね。とはいえ何から話せば良いのか……」

(まず聞きたいんだが、ここはどこだ?)

「どこと言われても……ここは私がいる学校です」


 ナナとどうも話が噛み合わない。仕方ないのでもっと話を広げる。


(この学校があるのはなんて国だ? ちなみに俺がお前の身体に取り付く前には日本って国にいたんだ)

「にほん? 聞いたことないですね。私の住んでいる国は神国です。古来から神々様がその大地に身を降ろして治めている歴史ある国家です」


 そう答えるナナの口調がさっきまでの落ち込んだ状態とは変わってハキハキしているのは気のせいだろうか。それはさておき話を続ける。


(神国とか聞いたことねえな。中国とかアメリカとかって名前は? 別の国の名前なんだが。かなり広い国だから地図を見れば絶対にわかるはずだ)

「……それも知りません。神国は海に囲まれている島国で大陸にはたくさんの国がありますが、聞いたことが無いです」


 なんとなく状況がわかってきた。つまり、


(もしかしたら――いや、もう間違いないだろ。ここは俺の住んでいた世界とは違う異世界だな)

「……異世界? そんなものがあるとは信じられません」

(だがそうとしか説明がつかないだろ)


 ナナは思案顔で、


「確かにあなたのいうことが嘘でない場合はそう考えるのが自然です。ですがなぜ異世界から来た人が私の身体に精神だけ入り込んでくるんですか?」

(それは全然わからねーよ。ただ……俺はお前に取り付く前に多分死んだと思う)

「え?」


 突然の話にナナは身体を一瞬ビクッとさせた。


(俺は団地――団地ってわかるか?)

「はい。集合住宅がたくさんある場所のことですよね」

(そうそう。さっきもちょっとだけ話したが、そこで清掃の仕事をしていたんだ。それで住人から一部壊れている場所があると言われて見に行ったんだが、そこで大地震が起きてな。ひっくり返っていたところに崩壊したベランダが落ちてきたのまでは覚えてる。かなり重くてでかいからあれに押しつぶされて生きていたとは思えない)

「ベランダってなんですか」


 ナナが疑問符を浮かべる。団地が通じたのにベランダが通じないのかよ。モンスターが通じなかったことといい、異世界だから微妙に単語が通じないのか?


(えーっと、あれはなんていえばいいんだっけな。布団とか洗濯物とか干す場所だよ。集合住宅だと外に出っ張るような感じで設置されているやつ)

「ああ、縁側ですか。あれが落ちてきて当たったのであれば、確かに痛いのではすまなさそうですが……」


 あれ縁側っていうのかよ。なんかイメージと違うな。

 まあいい。話を続ける。


(そこで意識が途切れて、次に気がついたらお前の中にいたんだよ。だから……死んで幽霊になってさまよっていたら……異世界に行ってお前に取り憑いちゃったとか?)

「なんとはた迷惑なことをしてくれたんですか」


 そう口を膨らませて抗議するナナ。俺も取り付くまでの流れは憶えてないから知らんとしか言いようがないが。


「いつから取り憑いていたんですか?」

(最初に声をかけたあたりからだよ。洞窟でハサミみたいなのと戦っていたとき。そうだ、お前らが戦っていたあれはなんだ? 俺の世界ではあんなものは見たことがない)

「あれはさっきも言ったとおり破蓋です。私達人類を攻撃し世界を破滅に追い込もうとしている敵です」


 ナナの話に面食らってしまう。思ったより話の規模が大きい。


「もうずっと昔のことです。ある日突然この地に大穴――底が見えない深く巨大な穴が開きました。そこから次々と破蓋が現れ、人類に襲いかかったんです。その時はなんとか押し返したそうですが、以来破蓋はたびたび大穴を登って来るため、私達『英女』が撃退しているんです」


 いろいろ新しい単語が出てきたので俺は頭のなかで整理しつつ、


(その神々様っていうのは?)

「私達の世界を治めている神様のことです。どんなもの――石ころから草、食べ物まで全ての物体には神様が宿っています。それの存在の総称を神々様と呼んでいます」

(英女ってのは?)

「神々様が特別に力を与えてくれた少女のことです。他者を思いやり誰かの為に尽くせる人だけがその資格を得られます。もちろん私もその1人です」


 さっきまでの重苦しい雰囲気はどこへやら、ナナは自慢げに語っている。そのほうが話しやすくて助かるから別にいいんだが。


(どっちも俺の世界では聞いたことが無いな。ああ、でも神々様とは呼ばれなかったけど、神様がいっぱいいるみたいな神話は俺のいた世界でも聞いたことがあるな。だいたい昔話だったしファンタジーみたいな感じだった)

「ふぁんたじーってなんですか」

(空想創作物、でよかったと思う)


 俺がそう言うとナナは目くじらを立てて、


「何が空想ですか。神々様は確かに存在していますし、それは私が英女として力を授けられ破蓋と日々戦っていることが証明しています。それにこの世のすべてのものが存在し、生きていられるのは神々様がいてこそ。あなたの世界は信仰心や感謝の気持ちが足りてないように思えます」


 説教を始めやがったぞ。なんかこいつ宗教くせえな。街を歩いていると祈らせて下さいとか言ってくるような感じのタイプ。


(いやまあそういう話を信じている奴もいるだろうけど、俺は信じてなかったし、生きてきた中でおおっぴらにそういうことを言い出すのもいなかったぞ)

「あなたの言動から考えると、そちらの世界の程度がしれてしまうというものです。確かに異世界ですね。そんな神々様への感謝のかけらもない世界と私のいる世界を一緒にしてほしくありません」

(待てコラ。勝手に俺を世界の代表にすんなよ。こちとらただの一般人の労働者だぞ)


 やれやれと肩をすくめるナナに文句を言っておく。

 と、ここでコンコンとロッカールームの入り口がノックされ、二人の女子が入ってきた。セーラ服っぽい格好をしているのを見るとこの学校の生徒か?


「こんにちわー。今日も英女の仕事大変だったね」

「あれ、ミチカワさんだけ? 今誰と話してなかった?」


 どうやらでかい声で話しすぎたせいで外に声が漏れていたらしい。ナナはあたふたと、


「べ、別になんでもありませんよ。ただちょっと考え事をしていただけです。信仰という言葉の大切さを再確認していました」

(怪しい宗教論を聞かされただけだぞ)

「あなたは黙ってて下さい!」


 俺のツッコミにナナが返すが、俺の声は周りに聞こえない。そのため、女子二人は面食らって、


「えっ」

「あっ、いえその、さっきから私の頭のなかで別の人の声が聞こえてきていてそれに言っただけで皆さんには言ってないから大丈夫です!」

「えっ」


 フォローになってねえ。余計に引かれてるぞ。

 ここで片方の女子がナナの肩を掴んできて、


「大丈夫? 疲れてない? もし何かあったら力になるからなんでも言ってよ」

「そうだよ。こないだあんなことがあったばっかりなんだから無理はよくないよ」


 本気で心配そうな顔をしている。あんなことってなんだ?


「だ、大丈夫です! ほんとうに心配ありませんから!」


 ナナはあたふたとしながら、口をパクパクさせていたが、やがてはぁと肩から大きなため息を付き、


「ちょっといろいろなことがありすぎて混乱してしまいました。今日は疲れましたからもう帰りますので、失礼します――あと先生にはこのことは報告済みなので大丈夫ですから」


 ナナはロッカーの中から私物を取り出し、部屋から出て行こうとする、

 すると、二人の女子はナナの手を握って、


「ミチカワさんには私もみんなも感謝しているからね。本当に大変で辛い任務をこなしているんだから感謝だけでは足りないぐらい」

「そーそー、でもあたしらは英女の適性があるってだけで神々様から選ばれるまでただ学校で勉強をうけているだけなんだから、やることがあったらいつでも手伝うよ。呼んでね」


 献身的で温かみのある言葉だなぁと俺は感じる。しかし、こういう『強いつながりの人間関係』みたいなものから逃げ込んだ先が底辺だった俺には苦痛だけ感じてしまうから困る。


 そんな二人にナナは深々とお辞儀をしてから自分の家へと戻っていった。

 もちろん俺も一緒に。

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