第3話 そう簡単には
「失礼します。コウサカ先生ちょっと相談したいことが……」
ナナはさっきの上司っぽい女性がいた部屋に戻ってきた。先生と読んでいるところを見ると見た目通りここの建物は学校らしい。
コウサカと呼ばれた女性はさっきと同じようにモニターらしき前で椅子に座っていたが、ナナエの方を振り返り、
「ミチカワさん。あなたが相談事とは珍しいですね」
微笑んで答えるその表情はまるで老婆のような落ち着きがあった。見た目は恐らく20~30代だと思うがそれよりずっと歳を取っている人が見せる顔だ。
そういや今ミチカワとか言ってたな。こいつの名字か? フルネームはミチカワ・ナナってところか。
ナナは先生の前に立つとしばらく口ごもっていたが、やがて意を決し、
「……私の身体の中に変な男の人がいるみたいなんです!」
「?」
経過をすっ飛ばしていきなりとんでもない事を言いだしたもんだから先生の方は笑みを浮かべながらもどう反応をして良いのかわからないようでやや首を傾けた。
そもそも変ってなんだよ。いや確かに怪しいおっさんなのは認めざるをえないんだが……
とりあえず落ち着かせようと、
(おいコラ。それじゃ通じるもんも通じねーだろ。落ち着いて状況を一から説明しろよ)
「他にどう説明しろと言うんです!?」
そう怒った口調でナナが怒鳴り返してきた。
が、ここで先生のほうが奇妙な表情を浮かべた。
「……ミチカワさん、言っていることがよく理解できないのでもう少し落ち着いて説明してもらえないでしょうか」
ナナは失礼な事を言ってしまったとペコペコと頭を下げて、
「す、すいません……! 今みたいに謎の声が聞こえてくるんです。私も訳が分からなくてすごい困ってしまって」
「声?」
先生の方は怪訝な表情になる。一方のナナもえっという感じになり、
「……あの、先生は聞こえないんですか? 『おいこら』とか言われたんですけど……」
「この部屋にいるのは私とあなただけです。他には誰もいませんし声もしません」
「あ、その、声は私のものなんですけど、違う人格の声が聞こえてくるといいますか……」
「?」
ナナが何を言っているのか本気でわからないらしく先生の方は困り顔になってしまった。俺からでもこいつが何を言っているのかさっぱりわからないから無理もない。
てか、俺の声ってこの先生には届いてないのか?
(おーい、俺だよ俺。多分こいつの中にいるおっさんだよ。なんかオレオレ詐欺みたいな言い方になってんなこれ)
「ほら! また聞こえてきました! 自分でおっさんとか言っています!」
「申し訳ないんですが、全然聞こえません」
先生は完全に困惑状態だ。ナナは顔を手で抑えて絶望の表情を浮かべて、
「そんな……この声が聞こえているのは私だけ……!?」
(どうやらそうらしいぞ。まいったなこりゃ)
「ミチカワさん」
ここで先生が立ち上がりナナの肩に手を置くと、
「あなたがこの4年間どれほど破蓋と戦い辛いことを味わってきたのか、ずっと見てきた私はよく知っているつもりです」
「……はあ」
ナナは何を言われているのかよくわからなず困惑しているが、構わず先生はまた椅子に座りキーボードらしきものをカタカタと叩き始めた。そのままナナに背を向けつつ話を続け、
「ですから、きっと疲れてしまったのでしょう。今日はすぐに自室に戻ってゆっくりとお風呂に浸かって疲れを取り休んで下さい。明日の授業も休めるように手配しておきます。成績優秀なあなたなら一日程度の遅れはすぐに取り戻せるから大丈夫です。誰しも疲労から『そういうこと』が起きているように錯覚することはあります。すぐに私の方でもミチカワさんの心の問題への対応に動きます」
どうやらこの先生はナナに幻聴が聞こえていると判断してしまったらしい。無理もない。少女の体の中におっさんの精神が混じっているとか言われても信じられないだろう。
これにナナはうろたえて、
「なっ!? 本当に聞こえてくるんです! 嘘ではありません!」
「大丈夫です。わかっています。そういう問題に対処するべき専門家も学校側で用意できます。すぐに手配して明日には面談できるようにしておきます。今日はもう帰りなさい――」
ここで先生はちらっとナナの方に振り返り、
「そうですね。精神が落ち着いて熟睡できる薬も手配しておきましょう。後であなたの部屋に届けさせます」
「先生! 違うんです本当に――」
(いやいやちょっと待て。これ以上ここで騒いでも仕方がないだろ)
「あなたは黙ってて下さい! これは緊急の問題なんですよ!」
またナナが俺の声に反論する。すると先生はまるで憐れむような視線を向けてきていた。
「うっ……」
この痛々しい視線にナナは後ずさりしてしまう。
(な? ここでこれ以上暴れても余計に頭がおかしいと思われるだけだ。いったんさっきの部屋に戻って作戦を立て直そうぜ。埒が明かねーよ)
俺の言葉にナナはしばらく拳を握りしめてわなわなと肩を震わせていたが、やがて大きくため息を付き、
「……わかりました。失礼します」
「気をつけて」
そんな先生の気遣いの言葉を後にナナは重い足取りで部屋から出た。
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