第2話 ここはどこ、一体何が

「今日も任務の遂行がつつがなく終わりました。お二人のおかげです。ありがとうございました」


 やや薄暗い部屋に少し歳の入った声。何か陰気な感じがするのは気のせいではないだろう。眼の前にいる三十代前後の女性からやる気を感じないのも含めて。


 あの戦闘が終わった後、ナナとミナミはビルの工事現場にありそうなむき出しのエレベーターに乗り、そのままずっと上にある縦穴の外へと登っていった。

 やがて地上に出ると、ちょうど夕方であたり一面真っ赤に染まっていた。どうやらこの世界にも空があって太陽が登って沈むらしい。そのうち月も出てきたりするのかもな。


 二人は雑談しながら歩き、数百メートル先にある大きな建物に入っていく。巨大な壁に覆われ、その中には窓がズラッと並んでいるコンクリート製の建物があった。パッと見た感じだと、俺が20年以上前に通っていた中学高校そのまんまだった。


 そして、二人は昇降口から廊下へと入り1階の角部屋に入る。そこには30代前後に見える女性が机の上に置かれたパソコンモニターみたいなものに向かって座っていた。


 ここまででわかったことは俺がずっと生きてきた世界と殆ど変わってない。むしろ同じ世界にいるんじゃないかと思うレベルで見たことのあるものが並んでいる。


 ナナとミナミは背筋を立てたまま、


「いえ、私達の義務を果たしたまでです」

「今日もナナのおかげでなんとかなりました」


 そう答える。

 女性の方は、淡々とそうとだけ言って、


「またいつ破蓋が来るかわかりません。今のうちにしっかり休んで次に備えておいて下さい。以上です」

『はい!』


 二人は元気良く答えると、その部屋をあとに出る。しかし、なんだあのやる気のなさそうな対応は。さっきの戦いを見る限り、ナナとミナミは命がけだったのは状況がさっぱりわからない俺ですらわかるんだが、あんな機械みたいな対応には違和感がある。

 しかし、二人は特に気にしてもいないようなのでいつもあんな感じなのかもしれない。

 二人は昇降口近くにある小部屋に入った。ずらっとロッカーが並んでいる。

 ミナミはロッカーの一つを開けると自分の荷物を取り出し、


「ナナー、じゃあ私、先に帰るねー。明日の宿題まだ終わってないんだよ」

「あの宿題は先週に出ていたものでしょう。ちゃんと早めにやっておけば良いんですよ」

「つい後回しにしちゃうんだよね。また明日学校でー」


 ミナミは軽い口調で部屋から出ていった。ナナはため息を付いて、


「全くミナミさんにも困ったものです。もうちょっと気を引き締めてほしいところですね」


 そんな軽い愚痴をこぼすが口調は重くない。別に嫌っているとかそういうわけではないのだろう。

 ナナもロッカーから荷物を取り出し始める。


 今は狭い部屋の中、入り口も閉じられているから周りに聞こえることもない、ここにはナナしかない。

 これは話を聞くチャンスだろう。俺は意を決して呼びかける。


(おい)

「ひっ!」


 ……視界が思いっきりぶれた。まるで不審者に遭遇したみたいにだ。

 俺はすぐに落ち着かせようと、


(とりあえず落ち着いてくれ。別にお前に何かしようってわけじゃない。そもそも何もできないんだ)

「この声――私の声? さっき戦闘中に聞こえてきたもの? すぐに消えたから気のせいかと思っていましたが……あなたは一体何なんです!」


 混乱気味にナナは部屋の中を見回し鋭い口調で威嚇するが、見つかるわけがない。なんせ俺がいるのはこのナナという少女の中なんだからな。


(周りを見ても仕方がないぞ。俺は今お前が見ている物が見えている。どうやら視界を共有しているみたいなんだ)

「視界を……共有?」

(多分、俺はお前の中にいる――取り憑いているみたいなんだ)

「な!?」


 ナナは驚愕してなぜか目先で指を数え始めた。俺もそれに合わせて、


「1、2、3、4、5」

(1、2、3、4、5)

「ではこれで何本の指が立っていますか」

(二本)

「手の向きは」

(甲のほうだな。爪が少し伸びすぎじゃないのか? 剥がれると危ないから切ったほうが良いぞ)


 余計なお世話なこともおまけで言っておいた。

 するとナナは部屋の隅にある姿鏡の前に立ち顔や身体をペタペタとさすり始める。


「と、特に身体に変わったところは……」


 鏡のお陰で初めて俺自身もナナの全身像をはっきりと見ることができた。目が大きくて少女の顔立ち、完全な黒い髪は少しだけ長く後ろでまとめてある。確かポニーテールとか言うやつだ。あまり長くないからちょんまげみたいに見えないこともない。


 ナナは鏡の前でしばらく体を震わせていたが、


「……ほ、本当に私の中に、誰か別の人がいるんですか?」

(理由はわからないがどうやら俺がお前の身体の中に入ってしまっている)

「なんでです!?」

(いや俺に言われてもしらねーよ!?)


 パニックを起こし始めたナナを落ち着かせようとするが、


「意味がわかりません……4年間破蓋と戦い続けてこんな現象が起きたのは初めてです! あなたは一体どこの誰なんですか? 正体を明かして下さい!」


 もし目の前に別の身体で俺がいたら殴りかかってきそうな気迫で問い詰めてきた。

 こんな少女に30代半ばのおっさんの俺がたじろぐとかみっともない感じになってしまった――ナナの方も傍から見ると誰もいない部屋で喚き散らして頭がおかしい用にしか見えないだろう―が、なんとか平静さを維持しつつ、


(俺にもわからないんだよ。仕事で掃除をしていたら……そうだ、なんか突然大地震が起きたんだ。それで建物が壊れて俺の上に振ってきて……ものすげえ痛いと思った次の瞬間にお前の中にいた)

 

 ここで鏡に写ったナナの顔がややひきつって、


「……もしかしてあなた男性ですか……?」

(ああ。それも30半ばのおっさんだ」

「こんなのあんまりです!」


 ナナは顔に手を当てて絶叫した。ひどい言われようだが、年頃の少女の中におっさんが住み着いているという状況を考えると無理もない。

 今度は鏡の前を行ったり来たりし始めて、


「い、いえ別に男性だから悪いというわけではありません。し、しかし、この状況はあまりにも……」

(無理しなくていいぞ。俺も逆の立場だったら素直に嫌だ)


 俺がそう言うとナナはコホンとわざとらしく咳をしていったん間を置いて、


「とにかく状況を整理してみましょう。私の中に得体の知れない男の人がいる……ということですよね」

(ああ)

「こんな超常現象を引き起こせるのは神々様か破蓋しか知りません。しかし、神々様がこんな嫌がらせをするとは考えにくいので、やはり破蓋の仕業としか……」

(さっきから出て来るハガイってなんのことだ?)


 俺の疑問にナナは疑惑の視線を向けて、


「あなたは破蓋じゃないんですか?」

(知らん。そんな名前も聞いたこともない。そもそもここがどこなのかすらわからない)

「そんなの信じられません。嘘をついているんでしょう」

(本当にわからねーんだよ)

「うーん……」


 ナナは困惑気味で、


「私の見えているものは見えるんですよね? ならさっき戦っていた巨大な化物のことです。蓋を破ると書いて破蓋ですよ」

(あのでっかいハサミみたいなのか)


 地の底から登ってきてナナたちを真っ二つにしようとしていた巨大な存在。あれが破蓋と言うものらしい。 


(少なくとも俺が生きてきた中であんなでかいモンスターと出会ったことはないぞ。漫画や映画では見たことあるが)

「もんすたーってなんですか」


 予想外の質問をしてきたナナに今度は俺が困惑して、


(モンスターはモンスターだよ。知らないのか?)

「そんな言葉は聞いたこともありません」


 意味がわからん。モンスターなんて日常的に使っている英語だと思っていたのになんなんだ。

 俺は少し考えてから、


(えーっと化物のことだよ。さっきお前も言ってただろ)

「それなら最初からそう言って下さい。得体の知れない言葉を使われても困ります」

 

 なんかムカつくなこいつ。妙に上から目線だし底辺仕事現場によくいるやつを思い出してムズムズしてきた。

 そんな俺の気持ちも知らずにナナは顎に手を当てて、


「あなたが嘘をついている可能性は大だと思いますが、私だけでは証明のしようがありません……とりあえずこういうときは」


 ナナは部屋から飛び出して、


「先生に相談します」

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