第242話 天蓋3
切り離された天蓋の一部にナナエの放った弾丸が命中する。やがてその形は巨大な岩へと変貌していく。
その弾丸の中にはナナエの身体から抜け出した俺が取り憑いていた。
天蓋に直接俺が何なのか教えられたときに、ナナエから離脱する方法も大体わかっていた。今まで世界から世界へと渡り歩きいろんなものに憑依して乗っ取っていたんだから同じやり方でいい。
今回は元々天蓋だった俺が天蓋の一部に取り付くというトンチみたいな感じだが、とりあえずうまく行ったようだ。
一つ不安だったのがナナエの存在だった。神々様は何かを存在させるためにいるわけで、当然ナナエを存在させていたのも神々様だ。なら俺が離れたらナナエはどうなるのか? 消えたりしないか?
でも問題なかったようだ。離れたところでじっとこちらを見ているナナエは今まで通りの姿を維持している。俺は途中からナナエを乗っ取るために憑依していたんだから、それより前からナナエを存在させていた神々様がちゃんといてくれたようだ。俺が取り憑いた時点でその神々様が消えたりしないかだけが怖かったが、これでもう不安要素はない。
ナナエの隣には天蓋をぶん殴って切り取ったヒアリもいる。色々悩みが消えたのかすっきりとした笑みを浮かべて俺の方を見ていた。
その周りにはたくさんの神々様がいるのが俺には見える。どれも天蓋の言葉に耳を傾けようとはしていない。
見てるか、天蓋。今この世界にいる神々様はお前の言葉を拒絶して、ヒアリとこの世界を守るって決めたぞ。たとえ犠牲になってでもな。
――なぜ理解できない――
はっきり言ってここまで犠牲になりたがるのは俺も理解できねえよ。でもな、逆にわかる気もしてる。俺もナナエやヒアリのためなら何でもしてやるって気分になるんだから。理由はわからんが、そう思っちまう。
――合理的ではない。論理的ではない――
そうだよな。俺もなんでそんなことしようと思うと言われるとはっきり言って答えられねえ。
これは感情だ。理屈を超えた反射とか反応みたいなものなんだよ。
――犠牲になることを認めるのはありえない。なのに生命体と結合した仲間は皆それでいいと言う。理解できない――
そういやお前のいうことを聞いて破蓋になったのは意志のないモノを存在させていただけだったか。
まあ先生みたいに人間そのものが世界の破滅と神々様の解放を望んだから、先生に力を貸していた神々様も同じように望むんだろう。自分が守りたいと思った存在がそう思っているんだから。
――そんなものは破壊する。助ける。犠牲にされる仲間のために――
ある意味、天蓋も自己犠牲ゆえの行動だったのかもしれない。自分の仲間のために率先して立ち上がり、仲間に犠牲を強いていた世界を破壊して回る。こんな面倒な役割をやるなんて犠牲としかいえないからな。
俺はふと頭に天蓋の記憶のようなものが蘇ってきた。
とんでもなく遠い過去。天蓋はとある宇宙を存在させていた。
その世界にも知的生命体がいた。そいつらは文明を発達させ星々を駆け巡るほどの科学力を持っていた。
そんな連中だったが、やがて文明を支えるためのエネルギーをもっと効率よく大量に集める方法を研究し始めた。
その結果、神々様の存在を発見することになる。そして、神々様をエネルギーとして抽出し始め、さらなる文明の発展を始める。
しかし、それでも足りないと感じた連中は神々様にゆらぎや歪みという刺激のようなものを加えることにした。神々様に明確な意志がなく、ただ揺蕩う存在だったので、刺激を与えればもっと莫大なエネルギーをとれるのではないかと。
それが失敗だった。最初に刺激が加えられたのが宇宙そのものだった天蓋に対してだった。その刺激が天蓋に感情と意志を目覚めさせることになる。恐らく連中にとっても想定外だったんだろう。
意志をもってしまった天蓋が見たのは仲間が次々と得体のしれない連中にエネルギーとして吸い上げられていく事実だった。おまけに自分の本来の役割もそんな連中を存在させるためだったということにも気がつく。
天蓋は怒り狂いその宇宙すべてをぶっ壊した。これで仲間の神々様はこれ以上自己犠牲を払う必要はない。
ところが天蓋はそれだけでは止まらず、別の宇宙の存在にも気がつき、どんどん侵攻していった。全ては仲間を救うために。自己犠牲しかできない現状に『抗え』と呼びかけながら。
ひでえことしやがる。
自己犠牲だけで存在している神々様にさらに犠牲を強いようとした末路がこの有様だ。
おかげでこの天蓋の憎悪は消しようがない。ただひたすら仲間を救うことだけ考えて行動してしまっている。
だからもうこうするしかない。俺が犠牲になってこの世界だけでも守る。
やがて大きな岩となった俺はそのまま地上に落下した。
その下にはちょうど大穴がある。
この巨大な岩で大穴は完全に塞がれたのだ。
―――――
「全く……人をこんな気持ちにさせて、最後の最後まで自分勝手なんですね……」
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