第241話 天蓋2
「……………」
俺の話をナナエは黙って聞いていた。ヒアリも何も言わない。
しばらく沈黙が流れていたが、その間にも天蓋がこの世界への侵食し続けだんだん辺りが薄暗くなってきた。もうすぐこの世界すべてが天蓋の宇宙模様に染め上げられるだろう。そうなれば俺の前にいた世界みたいに誰も生存できない。
ナナエはため息をついて、
「いいでしょう。他ならぬおじさん――天蓋が言っている作戦です。疑う余地はありません」
ヒアリは相変わらず黙っている。
一方ミミミが割って入ってきて、
「おいおいおいおいおい! そんなのでいいのかよ! それじゃこのおっさんが犠牲に――」
「構いません。おじさんが自分で言いだしたことです。私はその意志を尊重します」
ナナエは淡々と言っているように見せてるが唇を噛んでいた。やっぱり自分のために誰かが犠牲になることを受け入れるのは難しい性格なんだから仕方ない。
『お前ら気にしすぎだ。さっきも言ったとおり、俺が消えてなくなるわけじゃねーし。ただ今までフラフラしすぎたからそろそろ腰を据えた仕事につくってだけのことだよ』
俺の言葉をいつものように要約したりせず一字一句そのままミミミたちに伝えるナナエ。
「だがよ……!」
「まあまあいいんじゃないかー。おっさんもそれでいいって言ってるしなー。消えるわけじゃないんだろー? なら終わったあとのことを考えたほうがいいと思うなー」
「そのポジティブさは見習っておきてぇわ」
ハイリの言葉に、ミミミはため息をつく。一方マルは首をブンブン振って、
「わわわわ私は納得できませんよ!こんな犠牲なんて認められるわけ――わけ……あああああ、だめですううううう、どうしてもこれでミミミさんたちの命が助かると考えてしまい、いいからさっさとやれとどうして思ってしまいますううううう」
そう地面に座り込んでしまったマルの頭をミミミとハイリがなでながら、
「ウィウィ」
「気にすんなよー。あたしだって助けたい人に順番をつけなきゃいけないのなら、ミミミとマルだからさー」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん」
そう大声で泣き叫んでミミミとハイリに抱きつくマルだった。って、今回はこいつら工作部に仕事はないのにそこまでドラマティックになってもしゃーねだろ。
一方黙っていたヒアリはしばらく空を見上げていたが、やがて決意したように顔を引き締めると、
「かーてんちゃんの言葉、聞かせて」
ヒアリはマントにしていたカーテン破蓋を自分の手の中に収める。
――守りたい――
――自分がどうなっても構わない――
――ここに守りたい存在があるんだから――
――それだけでいい――
――他に何もいらない――
――行きてて欲しい――
――これからもずっと――
――好きだから――
カーテン破蓋の言葉が聞こえる。本当にヒアリラブ一直線だな。
ヒアリもその言葉を聞き取った後に、ぎゅっとカーテン破蓋を抱きしめて、
「ごめんね――ううん、違う。ありがとうだよね。これでお別れじゃないんだから。かーてんちゃんはずっと私のそばにいてくれるんだから」
そう言ってカーテン破蓋を持ち上げると、
「ずっと一緒だよ!」
その瞬間、カーテン破蓋が光の粉になってヒアリを包み込んだ。
しかもカーテン破蓋だけではなく、周囲の大地からも次々と光の粉が舞い上がり始める。
「神々様が……」
ナナエが呆然とつぶやいた。
そう今この一帯にいる神々様が次々とヒアリに力を貸し始めたのだ。まだ何かを存在させる前の状態の神々様が一斉にヒアリを存在させ力を与えようと集結し始めている。
やがてヒアリの服装が純白のドレスに変わった。頭の上には天使の輪っかみたいな草冠が浮かんでいる。俺はまるで花嫁衣装に見えてしまった。神々様の一斉プロポーズかよ。
「行ってくる!」
そして、ヒアリは一気に上昇した。地面からぐんぐん離れていき、やがて肉眼では見えなくなっていく。
しかし、ヒアリの位置はすぐに分かった。なぜなら、そこらじゅうから神々様の光の粉が舞い上がり、ヒアリの方へと集まっていくからだ。
ヒアリの上昇は止まらない。すぐに大気圏外まで飛び出し、さらに月の軌道に乗ってしまう。やや暗くなった空に輝いている月の周囲を神々様の光がきれいに流れていく。おいおい、まさか月そのものの神々様まで取り込むつもりか?
十分に神々様を集めたヒアリは地球のこの場所に戻ってきていた。月から帰ってきた宇宙船みたいだ。
いくつものちぎれ雲を吹き飛ばし、大穴上空に漏れ始めていた天蓋に向かった。
そして、叫ぶ。
「みんな私のことを大切だって言ってくれてる! 私のために犠牲になって私に力を貸してくれる!」
ヒアリは大きく構えて、
「だから! 私は! その思いに! 答える!」
その掛け声とともにヒアリの拳が天蓋に直撃した。凄まじい振動が周囲に起こる。
しかし、ヒアリは止まらない。そのまま前進を続け、更に叫んだ。
「だから! 私は! 生きる!」
ずっと誰かのために死ぬことが喜びと思っていた少女。ナナエとの触れ合いで直接的な行動は控えていたが、自らこの自己犠牲はなくならないだろうと言っていた。
そんなヒアリが生きるとはっきり宣言した。友達や知り合いだけではなく神々様とも生きると。
ヒアリの強烈なパンチが炸裂し、天蓋の一部が剥がれるように落ちた。
『チャンスだな』
「チャンスですね」
俺は一瞬聞き流しそうになったが、ナナエが英語を使っている。
「私もたまには変わったことをしてみたくなるだけですよ」
そうナナエは少し笑みを浮かべつつ、大口径対物ライフルをミミミから受け取った。呼び品を学校の武器置き場から運び出していたらしい。
「では」
ナナエは大口径対物ライフルを天蓋に照準を合わせる。
しかし、その後少し黙ってしまった。俺がどうかしたのかと聞こうとした瞬間、
「本当にいいんですか?」
と、いきなりとんでもないことを言い出した。
『ちょっバカこんなときに何を聞いてくるんだよ』
「……………」
『黙ってないで早くしろ。迷っちまうだろ」
「……そうですか」
そうナナエは大口径対物ライフルをしっかり持ち天蓋に向けて照準を合わせる。
「私は恩には必ず応えるようにしています。ですので……おじさんの面倒は一生私が見ますから」
『変なこと言いやがって』
そう言ったもののため息をついてから、
『でもまあそうだな……悪いが頼む』
「はい」
そういったのと同時にナナエは発砲した。
弾丸の中には俺が存在している。このまま天蓋の剥がれた一部に命中したら俺の仕事はもう完全に終わり、永久就職先となるわけだ。
色々嫌なこともあったけど、これで全部終わりだ。やっとナナエとヒアリ、そして俺も休める。
そして、ナナエのはなった弾丸はちぎれた天蓋の一部へと直撃した――
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