第240話 天蓋1

「とりあえず戻すぞ」

『はい』


 そう言ってナナエに身体の主導権を戻す。ナナエは自分の手足を動かしつつ、


「とりあえずもう負傷の影響はないようです。すぐにヒアリさんたちのところに戻って学校の立て直しをしないと――」

『あー、そうそう。今真下から天蓋がすごい勢いで上昇してきてるからここにいるとやべえぞ』

「はい!?」


 俺の言葉にナナエが仰天してしまう。そして、慌てて周囲を見回して上に移動しようとするが、


「階段も全部破壊され尽くしてます。これでは上に登るのは不可能です!」

『壁は登れないのか?』

「時間をかければ不可能ではありませんが、間違いなく追いつかれるでしょう! このままでは――」

「ナナちゃーん! おじさーん!」


 焦るナナエだったが、突然上からヒアリの声が聞こえてきた。薄暗くて声しか聞こえなかったが、ほどなくして猛スピードで降下してきているのが見えた。

 そして、第3層までたどり着くとナナエに抱きついて、


「ナナちゃんおじさん大丈夫!? 痛いところない!? 無事でよかったよおおおおおおおおお!」

「ヒ、ヒアリさん少し離れて――いえそんなこと言ってる場合ではありません!」

『おいおい、来やがったぞ!』


 足場が激しく振動し始め、ただでさえ薄暗い洞窟内にさらなる漆黒がにじみ湧き出始めた。しかも、その闇の中には無数の銀河や星が映し出されている。間違いない。宇宙が元ネタになっている破蓋のボス、天蓋だ。


「わわっ、大丈夫だよ落ち着いて」


 いつものようにマントみたいになっていたカーテン破蓋が身体を震わせ始めていた。ヒアリラブで天蓋に従わないこいつも間近に迫る天蓋にかなりビビっているようだ。


 ナナエはヒアリにしがみつくと、


「ヒアリさん! 即刻大穴から脱出してください!」

「りょーかい、りょーかいだよ!」


 ヒアリも即座に大穴の外めがけて高速で飛び上がる。向こうの世界でレシプロ破蓋の力を取り込んでなかったら危うくここでゲームオーバーだった。


 幸い天蓋の浮上速度はそこまで早くなかったので、すぐに振り切れ大穴から飛び出す。


 そのまま外とつながるゲート前まで飛び工作部のところまで戻った。


「おー、無事だったかー!」

「くたばられたらお手上げだったぜ」


 ハイリとミミミがほっとした表情を浮かべている。だが、ナナエは大穴を指差して、


「安心するのはまだです――」

「あ、あの、なんですかこれ……」


 マルが呆然としながら大穴の方を見ていた。

 全員の視線が集まる中、大穴から黒いものが湧き出始めている。辺り一面青空なのにまるで黒のペンキでもぶちまけたかのようなはっきりとした闇がにじみ出てきていた。


「天蓋です。この世界にでてこようとしているんです」

「マジ……?」


 ナナエの言葉にハイリは唖然としてしまう。一方、マルはミミミにしがみついて、


「ミミミさ~ん! これ一体何がおきてるんですかあ~!」


 いつもならマルを引き剥がしているミミミだったが、状況に圧倒されているのかただただ天蓋を見つめたまま、


「この世界に別の宇宙が乗り込んでくるとかあたしの常識を超えててもう何がなんだかわからねえよ……」


 そう困惑するしかない。神々様自体超常現象そのものだから、そのボスの天蓋と来りゃそんなことしか言えないだろう。


 ヒアリはカーテン破蓋をさすって落ち着かせつつ、


「かーてんちゃんや他の神々様も言ってるよ! このままだと私達の世界全部が天蓋さんに飲み込まれるって! 止めないと大変かも!」


 そういうものの、


「と言われてもどうすりゃいいんだよ……」


 ミミミも完全にお手上げ状態だ。マルは騒ぎすぎて疲れてしまったのか地面にひっくり返ってしまっている。


「まずいのか?」


 ここで生徒会長が近寄ってきた。それにナナエは黙って頷く。

 それを見た生徒会長は少しうつむき、


「そうか」

「会長。もう法律とか適正値とか言っている場合ではないので、生徒たちを脱出させたほうがいいのでは」


 クロエがそう進言するが、


「私はここに残る。脱出したい生徒を誘導してくれ」

「はい」


 生徒会長の指示に従ってクロエが生徒たちに尋ねる。だが、誰一人として逃げ出そうとする生徒はいなかった。全員ここでナナエたちを信じることに決めているようだ。


 生徒会長はそれを見てため息をつき、


「全くみんなお人好しだな。君は?」

「私は最初から残りますよ。世界の終わりが来るのにここから逃げてもどうしようもありませんからね」


 そういって肩をすくめた。


 このままではここにいる全員が確実に天蓋に飲み込まれる。こいつらにはなんの罪もない。ただ暴走した天蓋に襲われているだけの被害者だ。


 なんとかしなければならない。なんとか――


『……………』


 俺が黙っているとナナエが気が付き、


「この際おじさんの意見でも構いません。言ってください。戯言でももしかしたら突破口が見えるかもしれません」

『相変わらず地味にひでえ言い方しやがる』


 相変わらずのナナエからの言われように俺はため息をついてしまう。だがおかげで決意がかまった。


『対応方法があるから聞いてくれ。それで未来永劫とまで保証できないがこの戦いは終わる』


 俺のはっきりとした意見にナナエは目を丸くした。

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