第174話 賭け
突然先生がまとっていたカーテンが大きく広がったかと思えば、すぐに俺とヒアリをまとめて包み込んでしまった。
「なんじゃこりゃ!」
すぐさまそれを破って抜け出そうとするが手で引っ張ってもびくともしない。すぐ隣でもヒアリが鉈で切り裂こうとするが、
「だめだよっ! 頑丈すぎて全然切れないかも!」
焦りの声を出している。
俺は背負ったままだったナナエの大口径対物狙撃銃を構えると、
「こいつならぶち抜けるか?」
(駄目です! 万一跳ね返った場合、この中で跳弾することになり、ヒアリさんに当たってしまいます!)
ナナエに言われて俺はすぐにやめる。確かにこの密閉空間だと跳ね返ったらシャレにならない。
(核を見つけてください! それを破却すれば倒せます!)
ナナエの言葉に従ってカーテン破蓋の隅々まで探す。核は赤く発光しているのでカーテンに包まれた状況ならすぐに見つかるはず――だが、
「見つからねえぞ!」
俺は焦りながら探すもやっぱりない。核のない破蓋? 絶対にないとは言えないが前例ではそんなものはなかった。
「一生懸命核を探しているようですが、無駄ですよ」
先生のいやみったらしい声が聞こえてくる。俺はボスボスとカーテン破蓋を叩きつつ、
「一体何の真似ですか。カーテンで包んだぐらいじゃ俺らはやられませんよ」
「そんなことはわかっているのだけれど、これからやることなら恐らくあなた達はみんな死ぬ」
先生の一言と同時に俺とヒアリの身体が浮かび上がった。袋みたいになっているカーテン破蓋が俺達を閉じ込められたままなので、外の様子が見えず何が起きているのかわからない。
移動し始めたのか、どこにだ? おいまさか…
しばらくすると今度下に向かって落ち始める感覚に襲われた。
「やばい! 先生は俺達をこのまま大穴の底に落とす気だ!」
(早く外に出ないと危険です!)
ナナエが動揺し、ヒアリはさっき以上にカーテン破蓋に鉈を切りつけているが破れる様子がない。
「あなたがどれほど不死身であっても大穴の底で焼き尽くされれば死ぬでしょう。ふたりともです。あなたたちにはひどく手こずらされましたが、これでお別れですね。念のためにお伝えしておきますが、この破蓋は二枚で一つになっていたので、核があるのはもう一枚のほうです。そこにはありませんからいくら攻撃しても無駄ですよ。あと、最深観測所やその下の鉄骨はすべて破壊しておきました。あなたたちは後落ちるだけです。ではさようなら」
相変わらずの早口でべらべらまくしたてる先生だったが、更に大穴の底に落ちていったのですぐに声が聞こえなくなった。
「お、おじさん……どうしよう……?」
ヒアリが顔を青くして困りきってしまっている。くそっ、あの先公、可愛いヒアリにこんな顔をさせるなんて絶対に許せねえ。
しかし、今は先生に怒っても時間の無駄だ。対策を考えなければ……
カーテン破蓋の生地は硬い。殴っても蹴っても切っても破れない。そもそも核がここにないのなら破れたところで即修復されるんだから無意味だ。
(なにか……なにか手は……!?)
ナナエもかなり動揺しつつも突破口を探している。一方ヒアリもカーテン破蓋の生地を細かく見て回っていたが、
「おじさん! これなんだろ?」
そう言って見せてきたのはさっきも見つけたラベルだ。防炎と赤字で書かれている。火事とかが起きてもこのカーテンで延焼を防げるという商品だったが……
「どうしたの?」
ヒアリの呼びかけに手を出して静止してから考える。いけるか? 他に方法はない。どう考えても自殺行為だ。そもそもうまく行ったところでその先が……
ものすごい勢いでカーテン破蓋が底めがけて落ちていくのを感じる。段々とカーテンの中の空気も暑くなってきた。こりゃもうすぐ底に突入するぞ。もう考えてる余裕はない。
「いいか、このまま何もせずにじっとしておく! ヒアリもできるだけ俺のそばで熱に耐えてくれ!」
(何を言ってるんです!?)
仰天するヒアリに俺は、
「このカーテン――布っぽいのは防炎としての機能があるやつだ。家が火事になったときに延焼をふせぐためなんだが、つまり熱に相当強い。破蓋はいつも元の物質を拡大解釈した能力を持っていることが多いから、ちょっとやそっとの熱じゃびくともしないはずだ。つまりこの中にいれば、俺らは安全ってことになる」
(な、なるほど……)
「かもしれない」
(あやふやすぎます!)
ナナエが悲鳴みたいな声を出す。だんだんガチで熱くなってきて俺も不安になるが、今他にできることはなにもない。
(そもそも大穴の底の先がどうなっているのかもわかりません! もし終わりのない灼熱地獄が続くのであれば耐えようがないはずです!)
「それはわかってるが、多分大丈夫だ。さっき先生が俺のことを『解放された領域から来た』とか言ってただろ。俺が自分の世界からこの世界に来るとしたら大穴を通ってからしか考えられねえ。つまり、この先は俺の世界に通じてるってことだ」
(確かに理屈はわかりますが……!)
確証のない理屈なのでナナエはなかなか受け入れがたいようだが、これ以上反論しようがないのか言葉が止まってしまう。
「私、おじさんを信じるよ」
そうヒアリは微笑む。ただやはり恐怖心があるのか少し震えているのがわかった。くそったれめ、ヒアリにこんな不安を抱かせる選択肢しかできないのが腹立たしい。
そして、だんだん更に熱くなり――
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