第173話 カーテン破蓋と人間破蓋
(危険です! ヒアリさんを退避させてください! 何が起こるかわかりません!)
「ヒアリ! 離れろ! 俺ならどうとでもなるがお前はまずい!」
俺の指示にヒアリは一瞬――本当に一瞬だけ戸惑ったが、
「わかったよ! 危険なことはしないって約束だからね!」
そう言って飛び退こうとする――が、すぐに身体を止める。なぜならいつの間にかヒアリの首周りに巨大な鎌の刃があったからだ。
「逃げていいとは言ってませんよ。ちょっと動けばその首が落ちます」
先生が狂気に染まった顔と声で警告する。その手には鎌の柄が握られていた。どこから取り出したのかわからないが、これが先生――人間の破蓋の武器らしい。
というかカーテン破蓋よりこの先生のほうがやばい。目をギラギラさせ、今にも暴れだしそうなほどだ。
ヒアリも先生のやばい感じを察し、珍しく焦った顔でその鎌に視線だけで見ている。
まずい。俺は先生に手を握られて逃げられない。ヒアリも至近距離で鎌で動きを封じられている。おまけにカーテン破蓋が先生に張り付いて次に何をしてくるのか予想できない。
ナナエは焦りながら、
(おじさん。私に身体を返してください。先生と戦うしかありません)
(落ち着けって。この状況じゃいきなりこの身体がバラバラにされてもおかしくないぞ。俺なら治るまでたえられるが、お前じゃやられて動かなくなっちまう)
(しかし、このままではヒアリさんが!)
自分のことよりもヒアリのことを気にしているのが英女としての現れだろう。まあ俺のことは全く気にしてないようだが。
とにかく向こうの攻撃とかが来る前になにかしなければならない。といっても使えるカードなんてこれぐらいしかない。
「さっき、俺のことを誰なのかって聞いたよな? 教えてやるよ。俺は男だ」
「……人を小馬鹿にしているつもり?」
先生はぐっとヒアリに鎌を近づける。俺は慌てて、
「いやまて、本当だって。数ヶ月前、俺は別の世界で死んだんだ。そうしたら気がついたときにはこいつ――ナナエの身体の中にいたんだよ。理由はわからない。あ、ナナエもちゃんと存在しているからな? 一つの体の中に2つの人格があって、お互いの意思で身体の主導権を交代できるんだ」
(先生! 本当です。私は今ここにいて、身体を動かしているのはおじさんです!)
ナナエの体内での叫び。普通の人間にはこれが聞こえないはずだが、
「……なるほど。どうやら本当のようですね。では、あなた――おじさんと呼ばれた存在は一体なに?」
「俺にも自分が何なのかわからねえ。ただ工作部たちの話や破蓋や天蓋の呼びかけが聞こえたってことを考えると、多分――」
ここでキッと先生を睨みつけ、
「あんたと同じ人間の破蓋だ」
俺の言葉に先生は唖然としたもののすぐに気を取り直し、
「なるほど……どうやら『解放された領域』の世界から来たようですね。恐らく破蓋になってからこの世界を滅ぼすために送り込まれてきたといったところかと。しかし」
先生がいろいろ重要な事実を説明してくれているんだが、口調が早くてなかなか理解できない
ここで先生が口調を強め、
「なぜです? 破蓋でありながら、英女の中に住み着き、この世界に抗うという我々の目標を遂行していない。それどころか、人間の味方をしている。これは?」
「俺がなんで破蓋になったのは知らん。こないだ従えだの抗えだの言われたが、丁重にお断りさせてもらった」
俺がそういうと先生は驚き、
「ありえない……破蓋でありながら、自らの役割を捨てて裏切ったというの? なんということを……」
「嫌だからだよ」
俺は深呼吸してから語気を強めて。
「俺の目の前で人が傷ついたり死んだりするのはもうゴメンなんだよ。破蓋のボス――俺らが天蓋って呼んでいるやつの言うことを聞いたら、ここにいるナナエもヒアリも工作部の連中も傷ついちまう。そんなのを目の前で見るとかお断りだ。だから俺はお前らの言葉には絶対に従わない」
「……………」
先生はぽかんとしてしまった。どうやら向こうにとっては大した理由には思えないのかもしれない。
俺はいい機会だからと、
「あんたこそ、一体なんで破蓋なんてやってんだよ」
「死にたいから」
先生から即答されてしまい、俺は後頭部を書きながら、
「またそれか……本気なのか? で、その上破蓋になって世界まで滅ぼす? 一体何がしたいんだよ」
「あの時――大穴に蓋を作ろうとした時、沢山の仲間が私のせいで死んでいくのを目の辺りにした。みんな私は悪くないと励ましてくれたけど、私には膨大な罪が背負わされていくのを感じた」
先生はここまで落ち込んで離していた声のトーンを変える。
「その時、破蓋から声が聞こえた。そして、その目的も。その時、破蓋がやろうとしていることは私の罪を消し去ってくれる方法だと思った。だから、その呼びかけてに応じて私は人間の破蓋になった」
話し終えた時点で先生の声はなぜか高揚していた。自分が破蓋になったことがそんなに嬉しいんだろうか。
「んで、その破蓋の目的について教えてください」
「あなたもあの破蓋の声に従えばわかるわよ?」
「お断りします」
俺は先生からの提案を一蹴した。
そして、先生がさらなる狂気の笑みを浮かべる。
「なら終わりにしましょう。さようなら」
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