第175話 里帰り
――突然、俺達は空中に放り出される感覚に襲われた。
「うおわっ!」
「ひゃっ!」
俺の情けない叫びとヒアリのかわいい悲鳴が交差する。それと同時に突然視界がひらけた。
「うげっ」
俺は目に入った光景に絶句してしまう。高い。高いなんてもんじゃない。高度数千メートルはあるんじゃないだろうか。下の方に大地と海が広がっている。まるで飛行機から見下ろした状態だ。
大穴とは全く違う世界。さっきの先生の言葉を信じて考えると、ここは俺の世界ってことになる。
これ落ちたら確実に死ぬぞ――いや俺はバラバラになっても復活するけどヒアリが間違いなく死ぬ!
(おじさん! 身体を返してください!)
「お、おう!」
ナナエに言われたので身体の主導権を返す。すぐさまナナエは周囲の状況を確認し始めた。近くにヒアリが風に煽られてくるくる回っていたので、じゃまにならないように大口径対物狙撃銃を背負いつつなんとかそっちまで移動して抱きかかえる。
「な、ナナちゃんありがと~ふぃ~」
目を回したままのヒアリだったが、傷はなさそうだ。
高度はまだあるが、どんどん落下していっている。このままでは地面に激突するまでそんなに余裕はないだろう。
(どうするんだ? 落ちるなら俺のままのほうが良くないか?)
「いえ……それではヒアリさんが助けられません。一か八か、うまく風に乗って移動し海らしき場所へ落ちましょう。地面よりは助かる可能性が高いはずです」
(でも、下に見える海、なんか赤くないか?)
俺が少し離れたところに広がる海を見ると、まるで血の池のような赤い海水が広がっていた。あの中に突っ込んで大丈夫なのか不安だぞ。
「し、しかし……」
「――ナナちゃん!」
抱きかかえられたままのヒアリが慌てて鉈を取り出して構える。見れば、カーテン破蓋がひらひらしてこちらの近くを浮かんでいた。こいつまだいたのかよ。
しかし、倒そうにしてもこいつの核はナナエたちの世界に置きっぱなしだ。倒す手段はあるのか?
だが、ここでカーテン破蓋が予想外の動きにでた。急に俺達の前でくるっと折りたたみ始めたかと思うと、まるで空飛ぶ魔法のじゅうたんみたいな形態になる。そして、ヒアリの前に近づいてきた。まるで「乗れ」と言っているかのように。
「どういうことでしょう……」
ナナエは困惑していたが、ヒアリはすぐに起き上がり、
「大丈夫だよ。この破蓋さんはもう私の友達になってくれたから」
そう言ってぴょんとカーテン破蓋の上に飛び乗り、正座座りした。
破蓋と友だちになる? 確かにヒアリのポリシーは会って五秒で友達だったが……
(しゃあねえ。ヒアリがああ言ってるんだから俺らも乗ろうぜ)
「大丈夫でしょうか……ひゃあ!」
ナナエがうまく風に乗ってカーテン破蓋の上に乗ろうとした途端、まるで乗車拒絶するかのようにばっさばっさカーテン生地を振り回してきやがった。おいこら、ヒアリとは友達になったが俺らは関係ないってか?
すぐにヒアリはカーテン破蓋をなでながら、
「この二人は私の大切な友達。だから乗せても良いかな? ごめんね、大変な思いさせちゃって」
そう言われた途端に、カーテン破蓋は早く乗れという感じにナナエに身を寄せてくる。ヒアリの言う事なら何でも聞くのかよ。かわいいからわからんでもないけど。
「なにか複雑な気分ですが……」
ブツブツ文句を言いながらカーテン破蓋に座るヒアリ。
するとカーテン破蓋はゆっくりと地面に向かって降り始める。
次第に地上の様子が鮮明に見えるようになってきた。建物の残骸や廃墟が立ち並び、道路には破壊された自動車が無数に転がっている。火災が発生したような焦げ跡はかなりあるが、今も燃えている建物は何もなかった。どうやらこの街が破壊されてから結構な日数があるようだ
先生は『解放された領域』という言葉を使っていた。てことはこれが解放された世界ってことなのかもしれないが、どうみても破壊され尽くしている。
そして、もう一つ。ここが本当の俺の世界なのか――そう確認した瞬間だった。
「おじさん、でっかい塔みたいなの何だろ?」
少し離れた場所に壮大に立つ塔。それは俺が死ぬ数年前に完成した電波塔、東京スカイツリーだった。
(はあ……)
「なんですか急にため息をついて。愚痴ぐらいなら聞きますよ」
ナナエがそう言ってくれたので、俺は今の気分をそのまま口にする。
「ここは俺の世界だ。もう滅んじまったようだけどな……」
元々ろくでもない生活を続けていたので元の世界に未練なんてこれっぽっちもないと思っていた。
でも――さすがに滅ぼされていたのを見て俺の気持ちはどこか落ち込んでいたようだった。
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