第71話 才能の差

 ハサミ破蓋を倒してから数日後。ナナエとヒアリは大穴周辺の廃墟地帯で訓練をしに来ていた。快晴の青空ですがすがしい日である。


「ナナちゃんおはよー。くるりんぱ♪」

「もう昼過ぎですよ」


 いつものようにヒアリがくるっと回ってダブルピースするのに、ナナエはため息をついて答える。

 しかし、俺はどうでもいい話を思いつき、


(おはようの挨拶は俺の底辺業界だと昼どころか夜でもやってたぞ。俺が昼におはよーございまーすと倉庫に入って、夜9時ぐらいに帰るときにちょうど仕事に来る人にもおはよーございまーすと言ってた)

(なるほど……確かにおはようが朝の挨拶という意味なのか明確に調べたことはありませんでした。今度電網で調べてみます)


 電網はネットのことのはずなので、ググってみるってことだろう。わからないことがあればすぐに調べようとするのは悪くない。いやまあどうでもいい話だ。


 そんな話をした後、今日も別々に訓練を開始した。


 ナナエはいつものように体育用のジャージと大口径対物狙撃銃を構えて目標を確実に狙い仕留める訓練をしている。

 一方のヒアリは戦闘服を着ている。初めて破蓋と戦ったときに身に着けていたマフラーやルーズソックスみたいになってるスボンもそのまんまだ。唯一違っていたのはヘルメットだった。前にヒアリが言っていたようにいろいろ手を加えたらしく、もふもふしたものがついていたりアニメに出てきそうなキャラクターのシールが貼られていた。やはり可愛いと言わざるをを得ない。訓練なのに装備を整えているのは慣れたいからとか。


 ヒアリは今日も訓練に銃を使わずに、二刀流――二鉈流の構えで廃墟の屋上からから別の廃墟の屋上への移動を始めた。それもまるで忍者のように屋根の上を走ったり、一番高いところから飛び降りたりしている。


「……………」


 ヒアリが軽やかな移動で飛び回っているのを無言で見ているナナエ。どうやらこないだ感じるナナエのおかしさは継続中のようだ。あいにくこういう個人の問題からは常に逃げ出していたので対処方法がさっぱりからない。まいった。


(訓練しなくていいのか?)


 そう俺が問いかけるとナナエははっとして、


「し、しますよ。してます」


 そうあたふたと対物狙撃銃のチェックを始める。

 それにしてもだ。ヒアリの動きはすごい。ジャンプ力も足の速さももうナナエを遥かに超えていると言ってもいいだろう。ここに来て一週間ちょっとでこんな強さを発揮するなんて1年とか経ったらどんなことになってんだ?


 ここでナナエが対物狙撃銃を発砲して訓練を始めた。だが、廃墟の壁に置いてあった空き缶にかすりもしなかった。


「…………っ」


 ナナエは軽く舌打ちして再度発砲するが、また外してしまう。


(なんだ、調子悪いのか)

「……英女に調子が悪いなんて許されませんよ」


 俺の言葉に微妙に外れた答えを返してくるナナエ。やっぱり様子がおかしい。

 一方ヒアリは元気に訓練を続けていて今日も廃屋を一つ両断して崩落させていた。


 ナナエはどうしても目標に当てることができず、


「はあ」


 そう照準から目を外し大きくため息をついた。


(なんか悩み事があるなら話を聞くことぐらいはできるぞ)

「おじさんがそういうことを言ってくるのは珍しいですね」

(ちなみにどんな悩みでも解決できる気はまったくしない。そういう相談なんてしたこともされたこともないからな。でも、聞くだけなら聞いてやるぞ。どうせ暇だしな)

「あのですね……」


 ナナエはやれやれと首を振った後、ハアと再びため息をつく。そして、


「言いたくありません。というか認めたくないというか自分でもどう言葉にしていいのかわからないというか……」


 どうにも歯切れの悪い言葉ばかり並べるナナエ。と、そこへ、


「ナナちゃーん!」


 ヒアリがナナエからちょっと離れた場所に着地する。そして、目を輝かせながら地面に散らばっている石をかき集めて持つと、


「ナナちゃんナナちゃん! すごい発見したんだー! 見て見て!」


 そういうと石を大量に空にめがけて放り投げた。

 何やってんだと思っていたが、落ちてくる石をヒアリは全てかわしていくのを見て驚いてしまった。石はかなりの数だったのに、一つも当たっていない。しかも、大きく避けるのではなくすべて紙一重で避けていた。ガラケー破蓋の攻撃から避けていたのと同じように。


 石が全て地面に落ちた後、ナナエはヒアリのもとに駆け寄り、


「全部よけたんですか? しかも全てギリギリに」

「そうだよー。ちょっと危ないところもあったけどなんとか全部できたかな」

「……いくら英女でも簡単にできることではありません。何か能力とかを使ったんですか?」


 なぜか力がこもり気味のナナエの問いに、ヒアリは、


「んーとね。こないだ折りたたみ携帯電話の破蓋の攻撃を受けたときに、あの⚡みたいなのがゆっくり見えたらいいのにって思ったんだよね。そうしたら、本当にゆっくり動くようになったんだよ。でも私の身体の動きも遅くなったから、これってもしかして時間がゆっくり感じられるようになったんじゃないかなーと思ったんだよ。それでさっき試してみたらまたできちゃったって感じ」

「!?」


 ヒアリの説明にナナエは言葉を失い、俺も驚く。それはミナミが発揮していた能力と同じだった。ヒアリも英女なんだからその能力を持っていてもおかしくはないんだか……

 ナナエは少し肩を震わせて、


「そっ、それはあの破蓋の攻撃を受けていたときにずっと同じようにしていたんですか?」

「うん。あの破蓋にしがみつくまではずっとだったかなー」


 あっけらかんと答えるヒアリ。ミナミは感覚を高速化し、周りのものをすべてゆっくりに動くように知覚していたが、それは短時間しかできず、一度やるとしばらくは使えなくなると言っていた。

 だが、ヒアリはずっと使っていたと言っている。確かにガラケー破蓋の⚡を何度も受けながらそれをすべて紙一重でかわし続けていたのだから間違いない。


 ぎりっ。耳障りな音が聞こえる。


「ナナちゃん?」


 ヒアリが不思議そうに首を傾げていたので、ナナエは慌ててあたふたと、


「な、なんでもありません。すごい能力ですよ。さすが史上最高の適正値と言ったところなのでしょう。その調子で自分の力を磨いて下さい」

「はーい!」


 ヒアリはまたあっちこっちを走り回って訓練を再開する。


「喜ぶべきなんですが……なんでこんな……はあ……」


 そんなヒアリの姿を見ながら、ナナエはまたため息をした。

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