第72話 急須破蓋

 ナナエの調子が悪いときぐらいゆっくりできるようにサービスしてほしいもんだが、世界を滅ぼしに来る破蓋にとってそんなことは知ったこっちゃないだろう。

 訓練を終えて帰ってきた辺りで、ナナエの携帯に警報が届き、先生からも携帯で連絡が入ってきた。


『破蓋が最深観測所を通過しました。速度計算から、あと55分後に第6層に到達する予定です』


 先生の言葉に違和感を覚える。いつもなら第6層到達はもっと早かったはず。

 携帯で送られてきた破蓋のデータを見ていたナナエはその理由にすぐに気がつく。


「急須ですね。何度も戦っていますので問題ありません。この急須破蓋は動きが鈍重です。しかし、急須本体は非常に固く、こちらの攻撃はほぼ通りません。形状から攻撃方法を持たないため体当たりだけしてきます」

「ふんふん」

「……この急須破蓋を倒すためには内部にある核を破壊する必要があります。そのためには注ぎ口から弾丸を撃ち込み、核に当てます」

「難しい感じがするけどナナちゃんなら楽勝だね!」

「え、ええ……」


 ヒアリは真剣な眼差しでナナエの話を聞いている。一方のナナエは説明している側なのになにか落ち着かない感じで、ヒアリの方をチラチラ見ている。

 ヒアリもそれに気が付き、


「ナナちゃんなーにー?」

「い、いえ何でもありませんよ」


 ナナエは大げさに視線を外してみせる。

 おいおい、大丈夫かよ……

 俺の不安をよそにナナエとヒアリは装備を整えて大穴へと向かった。


 ――――


 大穴にたどり着いたあと、二人は第5層まで降りて破蓋の浮上に備えた。

 しかし、ヒアリの成長はここでもはっきりとわかった。最初はここまで来るのにヒアリについていくだけで精一杯だったのに今ではナナエにぴったりくっついてきている。ここにたどり着いたときももう疲れとかは全く感じていないようで、涼しい顔でもってきていた武器のチェックをしていた。


 ぎりっ。それを少し離れたところで見ていたナナエが歯ぎしりをする。


(なんだよ、さっきから)

「……なんでもありません!」


 苛立った声を上げてしまったせいで、耳につけている通信機からヒアリの耳に届いてしまったようで、


『ナナちゃんなにか呼んだー?』

「こっちのことです。ヒアリさんは自分の準備を進めて下さい」

『はーい』


 そうやり過ごす。俺はなんとなく小声で、


(今は破蓋が目の前に迫ってきているんだぞ。なのにいつものようにやる気満々じゃないし、ちょっとお前の様子がおかしくて心配になってきた)

「自分の調子の悪さは自分が一番わかっているつもりです。おじさんに指摘されて気がつくほど落ちぶれてはいませんよ」


 そう小声ながらも口に出していうナナエの口調はもうイライラMAXだ。見ているこっちも不安定な気分になってくる。


『あ! ナナちゃん来たよ!』


 ここでヒアリからの連絡が入る。見れば大穴の下の方から破蓋が浮上してきていた。事前に確認していた通り、急須の形をしている。安物の薄っぺらいものではなく、土を丹念に練り込みました、みたいな高そうな急須だ。確かに見た目だけで判断するとその本体は硬そうに見えた。上には蓋と取っ手、あとお湯を出す注ぎ口もあるんだが、ここに変なキャップが付きそれが経年劣化かなにかで歪んでしまって、中の核が見えなくなっている。直接核を破壊するにはあのキャップを何とかする必要がありそうだ。


『じゃあ、先に仕掛けるよっ!』

「ヒアリさん! あまり無茶をしないで下さい!」


 ヒアリが破蓋めがけて飛びかかる。ナナエは止めようとしたが、ヒアリは躊躇なく鉈で急須破蓋に切り抱える。


 しかし、ガキッという嫌な音とともにヒアリのほうが弾き返されてしまった。


「かったーい!」


 ヒアリはしびれる手をプルプル振るっている。

 ナナエはすぐに通信機で連絡し、


「ヒアリさん! 独断専行は危険です!」

『ご、ごめんなさい……』


 ヒアリとしてはナナエを守る行動だったんだろうが、ナナエに怒られてしまいしゅんとしてしまう。前に言った通りあんまり一方的に怒鳴るのはよくないぞ。

 どうやらナナエもその話は覚えていたらしく、


「すいません、言い過ぎました。すいませんが、私のサポートをしてほしいんですが大丈夫ですか?」

『うん大丈夫だよっ! 何でも言ってね!』

「簡単です。あの急須破蓋の注ぎ口についている付属物を切り落として下さい。あそこから破蓋の内部を狙撃するんですが、あれが邪魔でできません」

『了解! いっくよー!』


 ナナエの指示に従い、ヒアリは大穴の中心部で浮遊している急須破蓋に一気に飛びかかる。そして、両手の鉈で注ぎ口のキャップを切り落とした。どうやらそこは大して固くないようだ。


 そして、注ぎ口から小さく破蓋の核が見えた。本当にわずかなのであそこに弾を当てられるのなんてナナエぐらいだろう。


「いきます!」


 ナナエはこの一瞬を見逃さずに大口径対物狙撃銃を発砲した。

 いつもならこれで今日の仕事終わり――になるはずだったが、


「あ……」


 口を歪ませるナナエ。弾丸は注ぎ口には入らずにすぐ横の急須本体に直撃した。

 ここで注ぎ口についていたキャップがみるみる修復し始めた。


「ヒアリさんもう一度お願いします!」

『まっかせなさーい!』


 ヒアリはまた綺麗に注ぎ口のキャップのところをえぐり取るように破壊した。


「今度こそ!」


 ナナエは唇を噛んでもう一発狙撃する。だが、この一発も急須破蓋の注ぎ口から外れ、弾丸が硬い本体に弾き返される。


 そんなふうに手間取っていると急須破蓋がくるっとこっちに向かって移動を開始した。攻撃方法は体当たりしかないとはいえ、急須で思いっきり殴られるのは想像したくない。

 

 だが、ヒアリが階段から一気に飛び上がり、急須破蓋に思いっきり蹴りを噛ました。猛烈なパワーでふっとばされ大穴の壁にぶつかり土煙が立ち上るが、頑丈な本体は傷ついていない。やはり注ぎ口から中にある核を狙い撃つしかないだろう。


『大丈夫だよ! ナナちゃんは私が守る!』


 ヒアリはまた急須破蓋に切りかかっていく。二本の鉈を華麗に操り、急須破蓋に一歩も引かずに押し返していた。しかし、鉈では本体を傷つけられないので攻撃は一進一退がずっと続いている。

 

 ヒアリが破蓋と戦うのはこれで3度目だ。にもかかわらずすでに大穴の移動はナナエよりも早く、単純な力でもナナエより強く、破蓋との接近戦もナナエよりもずっと上手く戦っている。

 ここまで見て確信していいだろう――ヒアリの能力はナナエをすでに超えてしまっている。それも訓練を初めて一週間ちょっとぐらいでだ。


「~~~~~~っ!」


 ナナエは苛立ちを隠さずにまた発砲するが、今度は注ぎ口どころか破蓋にすら当たらず壁に当たってしまった。

 これははっきり言ってまずい。


(おい、一回落ち着いたほうがいい)

「ですが、破蓋を早く破却しないとヒアリさんが……!」

(このままだとお前の弾がヒアリに当たりかねないぞ)

「っ!」


 ナナエはギリッと歯ぎしりを鳴らした。しかし、しばらくすると肩の力が抜けたように顔をだらんと地面に垂れ下げ、


「ヒアリさんに当たる……もしヒアリさんに……そうしたら私が……っ」


 ナナエははっと顔を上げる。今、自分が信じられないようなことを考えていたというように。


「そんな……私が……私がこんな……」


 がっくりと肩を落としたナナエはうつむいて嗚咽し始めた。

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