第70話 様子がおかしい
ナナエの様子がおかしい。
「いっくよー!」
ヒアリが両手の鉈でハサミ破蓋に切りかかっていく。
ここは大穴。ちょっと前は3週間も来なかった破蓋だったが、ガラケー破蓋が出てから三日後にまた浮上してきていた。しかし、今回は新型ではなく過去に何度も現れたハサミが元になっている破蓋。俺がこの世界に来たときにナナエとミナミが戦っていたやつだ。
というわけでナナエがサポートしつつ、ヒアリを前面に立たせての戦闘を行ってる。
「あんまり無茶はしてはいけませんよ!」
「わかってる、大丈夫だよっ!」
ナナエが背後から大口径対物狙撃銃で援護しハサミ破蓋を弾き飛ばしながら、ヒアリはその間合いを詰めていく。
このハサミ破蓋は形がそのまんまである。いろんなものを切断する2つの刃は非常に固く、銃弾を受けてもあっさり跳ね返すほどで切れ味も鋭い。しかし、肝心の核がちょうどクロスしているところにある。つまり丸見えってことだ。やろうと思えばナナエは一発で狙撃して撃破できる。仮にヒアリが失敗してピンチに陥っても即刻ナナエが始末できるので安心感はある。
とはいえ油断は禁物だ。相手は何人もの英女の命を葬ってきた破蓋なんだから。
しかし、ヒアリの強さはそんな不安をあっさり吹き飛ばすほどだった。
ハサミ破蓋は大穴の中央辺りで浮かんでいたので、ヒアリが一気に飛びかかった。しかし、ハサミ破蓋も即座に反応してヒアリに向かって刃を向ける。
「とおっ!」
だが、ヒアリはナナエの狙撃でも折れなかった刃を簡単に両手の鉈で叩き切ってしまった。さらに身体を起用に捻らせて核も両断してしまった。
(……一撃かよ)
俺が唖然とする中、ハサミ破蓋はバラバラと崩壊して大穴の底へ落ちていく。
「…………」
一方のナナエはただ黙ってそれを見ていた――いや、なにか違う。集中しているのではなく上の空って感じだ。
「ナナちゃーん! ちゃんと倒せたよー! やったー!」
ヒアリが破蓋を倒せた喜びで小躍りしながら可愛らしく手を振っていたが、ナナエは相変わらず黙ったまま。
(おい)
「……え、あ、は、はい!」
ようやくまともに返事をしたナナエは構えたままだった対物狙撃銃を背中に背負う。同時にヒアリが戻ってきて、
「どうだった? どうだった?」
初めて敵を倒せた興奮なのか目を輝かせて感想を聞いてくる。ナナエは近づいてきた顔から少し距離を取り、
「こ、今回は見事でした。まああの破蓋は数多くの破蓋でもかなり弱い方に入るんですが、それでもあっさり倒せたのは称賛に値します」
「ほんと? やったー褒められたー!」
ナナエに褒められて手を挙げてくるくる回る。かわいいなぁ。
しかし、ナナエは一つ大きく咳き込んでから、
「ですが! 油断はだめです。これから破蓋は幾度となく来ますし、新型は当然ながら既存の形状のものでもかなり苦戦するものも多くあります。気を引き締めて対処して下さい」
「はっ、りょーかいです!」
ヒアリはびしっと敬礼ポーズをとる。
ナナエはそんなヒアリにもそっけなく背を向けて、
「帰りましょう」
「はーい」
そう言って二人で大穴の外をめがけて飛び上がっていく。
前はナナエについていくだけでやっとだったヒアリも今では軽々と追いついてきていた。
ヒアリは英女として史上最高の適正値をもっているらしいので、それが強さに反映されているようだ。こりゃ俺もしばらく痛い目を見ずに済みそうだ。ヒアリさまさまである。
しかし、そんな俺の感想をよそに、
「……………」
今もなにか思いつめたようにナナエは無言で移動している。
やっぱり様子がおかしい。
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