第122話 ぐだぐだおしゃべり

「とはいえ……しかし……」


 あっけらかんとしたハイリの態度にナナエはまだ不満たらたらだったが、


(あいつらの言っていることは正しいと思うぞ。ロボット破蓋が現れていちいち家や学校から着替えて飛び出してきたら時間と体力の無駄だ。通勤時間は極力短くしたほうがいいというのが俺のポリシーだからな)

(ポリシーってなんですか)


 なぜかヒソヒソ会話で応じるナナエ。俺は少し思い出してから、


(こだわりとか主義)

(ちなみにその理由はなんですか)

(社会人になると家から仕事場まで通勤するんだけど、そのときに電車に乗っていくと地獄なんだよ。ものすごい満員電車ですし詰めで下手したら一時間ぐらい立ちっぱなし。マジで死ぬ。あ、電車ってわかるか?)

(馬鹿にしないでくださいわかります。電車に乗って仕事に行くということでしょう)

(そうそう。で、片道1時間で通勤すると往復で2時間になるわけで、1日の貴重な時間が辛い満員電車の中で使われるわけだ。これは実にもったいない。1日2時間を通勤に使ったら1年だと400時間以上――つまり16日分も使うわけだからな。それなら仕事場の近くに住めばいいじゃんっていう考えに至るわけよ)

(……なるほど、おじさんとしては合理的な判断だと思います。しかし、仕事場の近くにするということは誰から見ても利益になる考え方だと思いますが、おじさんの話では通勤電車に載っている人がたくさんいるということなので、あえて遠くにすんでいる人たちが多いということですか?)


 ナナエの問いかけに俺は少し考えて、


(地方のことはよくわからんが、俺が住んでいた街は首都の近くなんだよ。その周辺にはでっかい企業とかが集まってるし、給与も地方に比べるとすごくいい。なので労働者は首都に働きたいわけだが、首都だけあって人口密度も過密で建物もびっしり。そのせいで土地も高くて、家を買うにしても借りるにしても高くて、貧乏人が簡単に手を出せるものじゃないんだよ。それに首都となると建物が詰まっているから息苦しさも感じるし、自動車の排気ガス――煙みたいなのとかで環境も悪い。だからあえて、電車で通える土地の安い地域に家を立てて住む人もいるってわけだ。毎日数時間の通勤電車に乗ってでも広くて落ちついて空気な綺麗な環境に家を持ちたいっていう人もいるんだな)

(しかし、やはり負担は大きいですよね。その辺りに何らかの対策とかは講じていなかったのでしょうか)

(通勤手段なんて電車か自動車ぐらいだけど、自動車だと運転が大変だし時間どおりに仕事に行けない問題もある。ああ、でも前にIT――えっと情報産業とかの仕事をやっていたときに電車で何時間もかかるぐらい離れていたところから仕事場に来ていた人がいたな)

(どうやって通勤していたんですか?)

(新幹線――はわかる? ものすごい速度で走る特別な電車みたいなの)

(……聞いたことないですね。長距離を高速で走る神速線というものならありますが…)

(相変わらず何でもかんでも神をつけたがる国だな……まあ、それに乗って通勤していたんだよ)

(しかし神速線は非常に高価な乗車料金がかかるはずです)

(いい会社で正社員をやってると会社が交通費を出してくれるんだよ。たぶんそれで料金は負担しなくて済んだはず。まあ多分親の問題とかがあったから特別に許されていたんだろうけどな。他でもあえて遠い郊外に住んで、そこから特急っていう新幹線の一回り遅い版みたいなのに自腹で払って通勤している人もいるとか)

(なるほど……いろいろな人がいるのですね)


 そう頷きながら聞いていたナナエだったが、少し顔を斜めにして、


(ではおじさんはどうしたんですか? 先程では通勤時間は短いほうがいいといっていましたが、おじさんのような底辺低賃金貧乏技量なし労働者では首都に住むのは不可能でしょう)

(ボロクソに言いやがって……でもまあ間違ってないけど。俺はどうせ大企業なんて無理だし、家の近くにある工場とか倉庫とかチラシ投函の仕事とかやってたんだよ。引っ越すときもあえて簡単な仕事の募集が多そうな工業地域の近くに住んだりしてたな。収入は少ないが、通勤時間をなくせる仕事をやっていたってことだよ)


 そう言うとナナエは頭を抱えてしまい、


(なんといいますか、儲かるけど苦労する仕事や手段はやりたくなくて、貧乏に甘んじて楽な仕事をしているというなんとも表現し難い選択をしているように見えてしまうんですが……)

(あってるぞ。いつも言っているように面倒なことはしない。簡単お仕事でそこそこの給料をもらって家でゴロゴロするのが俺の理想だ。仕事なんて金もらえりゃいいんだよ。それだけしか考えなくていい仕事が一番いいね)

(住むところの問題はどうしているんですか。お金がないのならまともなところに住めないように思えますが)

(探せば安く借りられる物件はあるからな。住むところなんて6畳一間の部屋と屋根と風呂と便所と台所があればいいんだよ。あ、一応洗濯機置場もな。あとはどうとでもなる)

(……………)


 ナナエは俺の言っていることが理解できない――というか納得できない感じで頭を抱えてしまった。まあ俺の考え方が普通じゃないのは認める。


「どーしたんだー?」


 ここでハイリに突っ込まれる。ヒソヒソ会話中は周りから見るとただぼーっとしているように見えるから心配されてしまったんだろう。


「あ、いえ、ちょっとおじさんと話をしていました」

「なんだよー。それならあたしらにも聞こえるように話してくれればいいのに」

「おじさんの声は私にしか聞こえませんし、それに他愛のない世間話です。聞いてもいいことは何もありませんよ」


 そうナナエがハイリに言うと、マルが首を突っ込んできて、


「ナナエさんは噂通り人の話をよく聞いてくれる方なんですね。いろいろナナエさんの周囲の人に聞いてみたんですが、みんな話しやすいとか話を聞いてくれると言っていました」


 その指摘にナナエは少し難しい顔をして、


「特に意識したことはないんですが、他人の話を聞くことは苦にならないんですよね。むしろいろいろな知識を得られるのでつい聞いてしまうといいますか……まあそれでおじさんのよくわからない話も聞いてしまうんです」


 やれやれと首を振る。


 ……そういやナナエとこういう話をダラダラと続けたのも久しぶりの気がする。思った以上に俺も思いつめてたのかもしれないな。


(なんですか、楽しそうに)

(え? いや別に)


 顔――というか気配に出てたらしい。俺はとりあえずはぐらかしておいた。

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