第214話 状況は最悪

(せっかく家で寝れると思ってたのに休む暇もなくまた仕事かよ。寝させろや)

「戦闘中ですよ。駄々をこねるのはやめてください」

(へいへい)


 ブツブツ文句を言う俺にナナエが口を尖らせる。隣には戦闘服を来たヒアリがいるがこっちもなんかとろーんとしてて眠そうだ。かわいい。カーテン破蓋もマントにした状態で連れてきている。


 ナナエも気がついたのか、


「大丈夫ですか?」

「えっだ、大丈夫だよ! へーきへーき!」


 ヒアリはそう強がるが、やっぱり疲れがあるのだろう。いくら最強の適正値で最強の力を持っていてもナナエみたいにどんなに疲れても即刻全回復するわけじゃないからな。微妙に髪の毛が逆だっているからもしかしたらさっきまで寝ていたのかもしれない。


 外はまだ明るい。もう少ししたら日が傾いてくるだろうという時間帯だ。


 近くでは工作部の連中がパソコンをいじっている。ミミミがカタカタとキーボードを叩きながら、


「疲れているところわりぃけど、お前らに頼るしかねえんだ。で、事前に伝えた通り、恐らく大穴を破蓋が浮上してきている」

「恐らく?」


 ナナエが首をかしげる。ミミミはパソコンから目を離さず、


「お前らが大穴の底に落ちて以降大穴の観測機器が動作してない。恐らく先生が全部ぶっ壊したんだろうよ。先生の部屋にあった観測機器も根こそぎぶっ壊されてるしな。で、代わりになにか物体が通ったら検知する簡単な検出装置だけ第6層の底から数十メートル下に向けて吊るしてあるが、そいつが反応したんだ」


 あの先公め。嫌がらせのやり方が容赦ないっていうか抜け目なくてビビるわ。

 ナナエは困惑して、


「そうなるとどんな破蓋が浮上してきているのか全くわからないってことでは……」

「その通りだ。だからやべーんだよ」


 状況は相当やばい。ミミミが自分の汚い口調を隠している余裕がなく普通に喋っている時点でいちいちマルに通訳してもらう時間すら惜しいってことだろうしな。


 ナナエはすぐに装備を確認して、


「どんな破蓋が浮上してきているのかわからない以上、ヒアリさんはここで待機していてください。確認できたら連絡します」

「わ、わかったよ!」


 なぜか鼻息を荒くして休めポーズを決めるヒアリ。が、今度はカーテン破蓋をこっちに渡してきて、


「かーてんちゃんと一緒に行って。助けてくれるかも」


 ヒアリはそういうが、当のカーテン破蓋はバタバタしてものすごい嫌そうだ。こんなの連れていっても邪魔になりそうなんだが……


「お願い、私の友達を守って」


 そうヒアリにお願いされるとすぐにおとなしくなった。全くこいつのヒアリ大好きっぷりには呆れを超えて感心する。まあかわいいから言うことを聞く気持ちはわかるけど。


 ナナエはカーテン破蓋をヒアリと同じようにマントにして羽織りつつ、


「破蓋の姿が確認できてから念の為説得が可能なものかどうかも判断します。その時はヒアリさんに大穴まで降りてもらって戦わずに済ませたいところです」

「その時は私に任せて! すぐに破蓋さんと仲良くなるから!」


 にっこりと微笑むヒアリ。やっぱり相手をぶっ飛ばすよりこういう方がヒアリらしい。


 ナナエは大口径対物狙撃銃を背負って大穴めがけて大きくジャンプした。そして、そのまま大穴の内部へと降りる。いつもなら昇降機で第1層まで降りているが、これも先生が壊していったから使えないようだ。


 そのまま下の方に降りていくが、第3層の広い足場のところで一旦止まる。まだここまで破蓋は来ていない。ナナエが下の方を覗いてみるが、破蓋の姿は確認できなかった。あまり浮上速度が早くない破蓋のようだ。


(どーか雑魚破蓋でありますように。なんまいだーなんまいだー)

「なんまいだーってなんですか」


 ナナエにそう聞かれたものの、


(さあ? なんだっけ)

「なぜ意味を理解していない言葉を口走るんでしょう、この人は……」


 そう飽きられてしまう。


(でもこういう嫌なタイミング――状況ではだいたい最悪の事態発生とかろくでもないことになるのがいつものことなんだよな。たまには神様も配慮してほしいものだ)

「神々様がいちいちそんなことを考えたり――」


 と、ナナエが途中で口を止める。


(急に黙り込んでどうしたんだよ?)


 俺がそう尋ねるとナナエは少し考えてから、


「いえ……私達がおじさんのいた世界に行っていた間、破蓋は浮上していませんでしたが、ここに戻ってきた途端に浮上してきたのはさすがに都合が良すぎるような気がして……」

(言われてみりゃそうだな……しかもクタクタに疲れているところを狙い撃ちしてる。偶然にしては妙だし、まるで戻ってきたという情報を得たから浮上させたみたいな……)


 俺はちょっと考えるが、この世界でそれができるのは先生しかいない。しかし、先生は学校の外に出ている。つまり、


(盗聴か? 学校や寮に録音と通信機器が設置されていて俺らが戻ってきたのを把握したから破蓋を浮上させた?)

「あり得ると思います。とりあえず今のうちにミミミさんたちにも――」


 通信機で工作部に連絡を入れようとしたが、ナナエはすぐにやめる。大穴の底の方から浮上してきているものが見えたからだ。とりあえずこの話は後回しだ。まずはこの破蓋を倒すなり説得するなりしないと……


(げえ!)


 浮上してきた破蓋を見て俺は心底嫌な声を出してしまった。


 あの平べったい形でやかんとか鍋を置く場所――ごとくっていうらしい――、ひねるスイッチと脇から伸びているガスホース。


 俺が来たばかりのときに大穴をまるごと破壊した強敵ガスコンロ破蓋だった


 しかも、2体いる。

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