第102話 出せません
「確かに資料の一部は渡していません」
始業前にナナエは先生のところにやってきていた。もうすぐ授業が始まるが、放課後まで待っていると授業に集中できないからさっさと用件を済ませることにしたのだ。
で、先生に渡されたヒアリの資料について抜かれているのではと聞いたら、あっさり認めてしまった流れである。
あまりにもあっけなかったのでナナエは少しぽかんとしたが、
「で、でしたら見せてもらえないでしょうか。ヒアリさんについて気になるところがあるので、もしかしたらもらっていない資料と関係があるのかもしれないと思ったので……」
「出せません。本人の許諾がなければ他者へ見せることが出来ない個人情報だと判断しています」
至極まっとうな理由で拒絶されてしまった。そういやもらっていた分にも一部黒塗りのところがあったな。適当な言い訳を言っているわけではないのかもしれない。
「し、しかし……」
ナナエは食い下がろうとするが言葉が続かない。ヒアリに秘密でプライバシーに関わる情報を見せろというのは常識的に考えてありえない。
とはいえ、ヒアリに直接聞いてもはぐらかされるだろう。俺が聞いたときもナナエが気絶していたと思っていたから本音を話していたからだと思うし。
(一旦帰ろうぜ。別の作戦を考えよう)
(しかし……)
(抜かれている書類があることは確定したんだし、そこに今後どうすればいいのか情報がある可能性も出てきた。今回はこれで十分だろう。焦ってもしゃーない。あとで工作部の連中に頼んでこの部屋にこっそり侵入できる機械とか作ってもらえばいい)
(泥棒なんて出来ませんよっ)
(たとえ話だよ。とにかくここでどうこうしても無駄なのは間違いない)
俺がそういうとナナエは少しうつむいて、
「……わかりました」
そう言って部屋から出ようとする。しかし、ここで先生が予想外のことを口にした。
「知りたいことはカナデ・ヒアリさんの――まるで自分を死の淵に追い込んでいるかのような行動についてですか?」
「――――!?」
ナナエはぎょっとして言葉失った。そして、しばらく肩を震わせてから先生の方に振り返り、
「……知っていたのですか? ヒアリさんが他人のために死ねることを喜びを見出していることに」
「はい。そちらに渡していなかった資料にはそのことが書かれていました。カナデ・ヒアリさんのご家族の話のものだっため、個人情報に当たるとして伏せてありました」
先生の話に、ナナエはぐっと拳を握り――とその前に俺が割り込んで、
(落ち着けよ? ここで殴り合いとか始めても得られるものはなにもねーんだからな。今は抜かれていた資料を手に入れることに集中だ)
(……ヒアリさんの姿を忘れたんですか!? 今では原因不明の怪我か病気で立ってあることも出来ないんです! 事前にヒアリさんの人格に問題があるとわかっていればもっと対策ができたかもしれなません!)
ナナエは口の中で先生に聞こえないようにまくしたてる。そして、ぽつりと、
(……今回は一緒に怒ってはくれないんですね)
そうどこか寂しげに答えた。今回ってのはミナミが死んでガスコンロ野郎と戦っていたときだろう。俺もナナエも怒りで我を失い破蓋と戦っていた。今回は一緒に怒ってはくれないのかってことだろう。
俺は一旦ため息をついて、
(俺も怒りで頭がパンパンだよ。あんなかわいいヒアリがひどい目に合わされた。いや先生がやったわけじゃないけど、情報をくれたらなんとかできたかもしれないっていう感じでだ。でも、前に言ったとおり俺は無茶苦茶なことを言われてイラッとしてもちょっとだけ我慢するのが得意なんだよ。だから今回もちょっとだけ我慢する。前は一緒に切れてやったんだから――)
(――だから?)
(今回はお前も一緒にちょっとだけ我慢しようぜ)
そう言われたナナエは軽く深呼吸をしてから、
「なぜ急にその話を私にしたんですか。先程言っていた個人情報の問題があるのであれば、黙っているべきことだと思いますが」
疑問を先生へ投げかける。声はやや荒ぶっているが、いつものナナエの範疇だろう。
この問いかけに先生は少し黙った後に、
「正直私も迷っていました。この話を伝えることは個人情報保護の問題はありますが、同時にミチカワ・ナナエさんにもいらぬ負担を掛けるだろうと判断し隠しました。しかしながら、今の状況を判断すれば、ミチカワ・ナナエさんとカナデ・ヒアリの連携を強めるために、この情報を開示すべきではないかと考えました」
(ここで迷って出すぐらいなら最初から出せよ……)
聞こえないように俺は思わずツッコミを入れてしまう。やっぱりこの先生はなにかおかしい。行動も発言もちぐはぐだ。風紀委員も呆れ顔で愚痴をこぼしていたしな。
ここで先生は立ち上がり近くの棚からバインダーを取り出し、
「これがカナデ・ヒアリさんについて記載されたすべての書類があります。これをお渡ししますのであとはあなたに任せます」
ナナエはそのバインダーを受け取った。
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