第103話 不信感

 放課後、ナナエはヒアリを部屋まで送り届けると五階の自分の部屋に戻った。一緒に工作部の3人も付いて来ている。


 ハイリは机の上に置かれたバインダーを渋い顔をして見つめながら、


「ずいぶんあっさりもらえたんだな。てっきり『機密事項です☆』とか言われて突っぱねられるからいろいろ準備していたのに」

「ウィ……」

「せっかく面白くなりそうだったのにと言ってます」


 隣で残念そうにしているミミミと通訳のマル。ナナエは少し青くなって、


「なにをするつもりだったんですか……」

「聞きたいかー?」

「いいいいいえ、やめておきます」


 ハイリの言葉にナナエはブンブンと頭を振って拒絶する。余計なことに巻き込まれたくないのは俺も同じだ。

 

 ナナエはため息をついて、


「最初は断られたんです。個人情報に当たるからヒアリさんの許可を取るようにと。それで一旦帰ろうとしたんですが、突然気が変わったように書類を手渡されてしまい……」

「えー、なんで?」


 ハイリが?マークを浮かべるが、ナナエは肩をすくめて、


「わかりません。正直なところ、先生のことはたくさん手助けをしてくれていましたし信頼していたんですが……今回のことで少しわからなくなりました」


 今回のことで露骨に不信感を持ってしまったらしい。

 俺自身ずっとあの先生のことはどこか気に食わないところがあったが、それにもまして今回のは妙だった。最後までヒアリのことを記した書類を渡さなかったのなら、俺的にムカつく話だが立場を考えれば仕方がないと判断したかもしれない。しかし、突然さっきまで言っていたことと真逆のことをいいだし、ナナエにこの書類を渡した。何を考えているのかわからない。


 俺はふと思いつく。まさかナナエの反応を見て「渡したほうが面白そうだ」とか「余計にナナエに精神的な負担をかけられそうだ」とか思ったんじゃないだろうな……いやいや、この英女学校で例外的に唯一の大人の女性とは言え、そんな頭のおかしいのがいるとは考えにくい。


 俺は頭を抱えてしまう。問題山積みなのに今度は「先生がうさんくさい」が追加かよ。勘弁してくれ。


 ここでマルがずいっと顔を出してきて、


「ここだけの話ですが」


 秘密の話のように喋り始めたのでそれに連れて全員顔を近づける。


「私達のような一般の生徒は先生の評判はとてもいいんですが、風紀委員や生徒会といったいわゆる執行部の人たちからはあまりよくないんです」

(執行部ってなんだ?)


 俺がナナエに聞くが、


(なんでしょう?)


 と知らない感じだった。それを察したのかミミミが手を挙げて、


「ウィ! ウーィウィウィウィ!」

「あー、私が説明しますね」


 いきなりウィウィ騒ぎ出したミミミをマルが制止する。こいつなんでウィしかいわないんだ? いやまああまり突っ込んではいけないところなのかもしれないからマルに任せておこう。


「執行部というのは単なる通称です。ご存知のように英女学校は先生一人を除いてすべて18歳未満の少女によって運営されています。組織としては最上位に生徒会があって、その配下に学校の秩序を守る風紀部や教師を務める教育部、寮や学校の設備を保持する管理部があります。そういう人たちのことをまとめて執行部と呼んでいるんです」


 その説明に俺は大体理解する。まあ会社の上司連中みたいなもんだろう。


(お前知らなかったの?)

(知りませんでした――ああいえ、生徒会などは知っていましたが、執行部なんて呼ばわれていることについてだけです。英女学校に入ってすぐに英女になってから、破蓋との戦いに集中していたのでそういう話に興味を回す余裕がなかったんです)


 そうナナエの言葉。こいつは生真面目だし割とテンパるタイプだからなんとなく理解できる。

 マルが話を戻して、


「執行部の人に言わせれば、お知らせの内容を伝え忘れるわ、適当な予算の使い方をするわ、何かをいじるとすぐに壊すわとかなり問題が多いそうです」

「でもさー、そんなにヤバイのならあたしら一般生徒からも不評になるんじゃないのかー?」


 ハイリの指摘に、なぜかマルはさらに顔を近づけて小声で、


「あまり大きな声で言えない話なんですが、執行部になる人はほとんど英女になれる見込みのない適正値の低い人で固められているんだそうですよ。適正値が高いと相手に優しくなりすぎるので、学校を運営したり、人に勉強を教えたり、生活指導をしたりするのに向いていないそうです」


 この指摘にナナエははっと気がついて、


「そういうことですか。適正値が高いということは相手に対して奉仕する心が強かったり寛大になったりするということになるので、仮に問題を起こしてもそれに不快感を覚えたり腹が立つ前に助けようという発想になるんですね」

「そういうことです。適正値の高い人は先生がどんな人物であろうともそのまま受け入れてしまう。執行部や私達のように適正値が低いと問題を感じてしまう。皮肉な話ですね」


 マルはそう自嘲気味に微笑んでいた。確かに適正値が低いおかげで先生の問題点に気がつくのは皮肉としか言いようがない。

 てか、なんでこいつら小声でしゃべってんだ、盗聴器でもしかけられているのか? その場のノリでやっているみたいだから深くは突っ込まないが。 


 ハイリはいつものように頭の後ろに手を回して、


「なんつーか、適正値の低い風紀委員にお前の生活態度が悪いと怒られたり追いかけ回されると微妙な気分になるよな」

「全くです! 私達のことを頭ごなしに非難する割に自分たちも適正値が低くて人間としての出来が悪いっていうことじゃないですか! 鏡でもみて見直してこいと言ってやりたいですね! って違います! こんなんだから私は駄目なんですよおおおおおおおお」

「ウィウィ」


 マルが暴走し始めたので、ミミミが頭をなでて落ち着かせていた。

 ハイリは体を伸ばしながら、


「まー、いいじゃんいいじゃん。とりあえず書類を読んでみようぜ。先生のことは後で考えよう」

「……そうですね」


 ナナエがバインダーから書類を取り出した。

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