第104話 特記事項
ナナエたちはヒアリについて書かれた資料を読み始める。
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● カナデ・ヒアリという人物についての特記事項
カナデ・ヒアリには前述したとおり、神々様にとても好まれやすい性格をしているため過去最高の適正値が備わっている。しかし、あまりに高すぎる適正値、つまり自己犠牲精神と他者への奉仕精神により、その性格に大きな問題を抱えてしまっている。
カナデ・ヒアリについて彼女の両親と話をし、そのことについて得られた情報を記す。
元々ごく普通の家庭に生まれた彼女だったが、4歳のときに事故に巻き込まれそうになっていた幼児を救ったことが転機だった。その時の彼女の行動は自動車にはねられそうになった幼児の身代わりになる形で助けようとしていた。偶然の産物により、自動車は彼女を軽くかすった程度だったため、軽傷で済んでいる。
問題はその後だった。報道各社がこぞって勇気のある少女だと褒め称えて盛んに報道した。それはあまりにも異常とも言える持ち上げぶりだった。誰かのために死ぬことは素晴らしい。それこそが人の本質であると。
この背景には当時英女として未成年の少女を破蓋との戦いに送り出していることと、それにもかかわらず何十年も解決の糸口がつかめていない状態に疑問を投げかける運動がわずかながら起きており、政府の息のかかった報道各社がそれを打ち消すためにカナデ・ヒアリの勇気ある行動と英女の戦いをつなげて持ち上げたことがあった。
カナデ・ヒアリは幼いときのことだったにもかかわらず鮮明に記憶して、よく両親や友人に話していた。誰かを守って死んでいる人達がいる。それはきっとすごいことなんだと。
しかし、両親も友人も行き過ぎた自己犠牲心には問題があるとして、それを諌めていた。ただ、直接的ではなく間接的に否定していただけだったようだ。カナデ・ヒアリ自身もそれが誤りだと認識していたのか、その感情を口にすることは次第になくなっていったとされる。それで両親はもう大丈夫だろうとそれ以上追求しなかったようだ。
だが、8歳のときに英女が戦死し、新たな英女が選ばれて戦地に向かったという報道を見ている彼女が強い羨望の眼差しで見ていることに両親は気がついた。彼女が4歳のときに味わった自己犠牲の喜びは消えていなかったことを知る。
さらにこの時を境にカナデ・ヒアリは民間の奉仕活動に積極的に参加するようになっていた。街の清掃作業から、子供の世話、高齢者施設での催しなどにほぼ毎日出ていた。わずか8歳としては異常とすら思われるほどの関心の持ちようだったという。
このとき、自己犠牲心についてあまり口にしなくなっていたカナデ・ヒアリが一度だけ両親について話したことがある。英女という存在を知って以降、自分も英女になりたい、誰かのために戦いたいと言っていた。同時に英女になれない自分に苦しさも感じて、それを晴らすかのように奉仕活動に参加し続けているように見えたと両親は語っている。
そんな状態が3年も続いたときに英女としての適性試験を受けたところ、桁外れの適正値を記録する。試験結果を受け取った監査官は特別にカナデ・ヒアリと面接を数回行い、その適正値が正しいものだと判断した。
この監査官はこう記している。通常、英女の適正値はたくさんの友人を持ち、っその大切な存在を守り、そのためには自分の命を投げ出す覚悟があることの度合いによって上下する。
しかし、カナデ・ヒアリの場合は友人をたくさん作るのは、自分が犠牲になるための口実と言ってもいい状態で、誰かのために死ぬことが死ぬために誰かを守るという逆転が起きてしまっている。このような英女としての適正値は前例がないために困惑している。恐らく幼少のときの経験が彼女の心の基本構造を作ってしまったのではないかと。
かつてないほど適正値が高いため、神々様から与えられる力もかつてないものになるだろうが、その歪んだ自己犠牲心が故に、恐らく大穴で破蓋と戦ってもすぐに戦死してしまうだろうと結論を出していた。
そこで政府は彼女はすぐに英女学校には向かわせず、手に負えないほどの強大な破蓋が出現するなどの問題が起きたときに入学させることに決まった。
カナデ・ヒアリには英女としての適正値は低いと伝えられ、ひどく落ち込んでいたと両親は述べている。
それ以降も彼女は民間の奉仕活動に熱を入れ込み、特に高所や水中での作業といった危険があるものに積極的に参加していった。
両親もやめさせようと考えたが、奉仕活動中の彼女は恐ろしいほどに輝いて満足しており、また奉仕対象となっていた人々からも高い評価を受けて、学校でも何度も表彰されるなど評価されていたので、とても注意できる状態ではなかったらしい。
そして、先日カナデ・ヒアリは英女として選ばれたときにとても喜び、すぐに入学すると即答した。両親はそんな彼女にやめるようにとはとても言えなかったらしい。
両親は自分の娘を英女として送り出すことを決めたときこう述べている。
英女として選ばれた場合、18歳を超えてそのお役目を終えるまで生き残った人はかつて存在していない。ましてや、あの子は途中で戦意を喪失して自らそのお役目を捨てるということは考えられない。だからもう二度とこの家には戻ってこないだろう。あの子をよろしくお願いします。
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「…………」
ナナエは一通り読み終えて黙ったままだ。だがその顔は苦悩に満ち溢れている。
工作部のメンツもハイリは天井を仰ぎ、ミミミはうつむいて、マルは何か悔しげな表情を浮かべている。
内容は大方予想した通りのものだったが、厄介なのは親が何とか矯正しようとしたものの全く効果がなかったという点についてだろう。ヒアリの心――精神構造からして歪んだ自己犠牲心が植え付けられている。つまり俺らが「命をかけるために誰かを助けるのはやめろ」と言ったところで聞くはずもない――いや、表面上は受け入れるかもしれないが、本人の意志で止められるレベルじゃないので、止めることはないはずだ。
ナナエは苦渋に満ちた声で、
「これでは……ヒアリさんはこのまま死んでしまいます。破蓋との戦いは熾烈です。そんな中で私を助けて命を散らすことを求めている行動を続ければ回避しようがありません……」
「ですが」
ここでマルが口を挟んできて、
「ナナエさんが共に戦ってきた仲間はどうなんですか? 皆ナナエさんともに戦い散っていきました。その方々もみなナナエさんや私達のような一般生徒を守るために戦い死んでいったと思います。それとヒアリさんに違いは――」
「あります」
マルの指摘にナナエは何時になくしっかりとした口調で反論する。
「確かにみんな死んでいきました。でもみんな生きるために戦っていたんです。死にに行っていたわけではありません。ミナミさんだって……最期も私と合流しようとしていたんです……」
「ああああああああああ! すいませーん! なんで私はいつもこんな事を言ってしまうんでしょうおおおおおお!」
ゴロゴロと床を転がるマルをナナエが押し留めて、
「問題ありませんよ。誰もが考える普通の疑問です」
「あ、ありがとうございます~」
マルは感激の表情でナナエに抱きついてきていた。一方でナナエはマルの頭を撫でてやっている。やれやれ、俺に対してはクソみたいな性格をしているが、こういう対応をしているのを見ると英所の適性があるんだなってわかるわ。その優しさの一割ぐらいこっちのも回してくれればいいのに。
「ウィ?」
ここでミミミがヒアリの資料をめくっていてもう一枚ある事に気がついた。
そこには『英女としての使命から離脱したその後について』と書かれていた。
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