第238話 人間破蓋1

「――――!?」


 薄暗い大穴の中での攻撃にナナエはとっさに身体を捻ってかわそうとするが、


「くあっ!」


 鎌の矛先は明らかに首筋を狙っていた。それはなんとか避けられたものの代わりに右腕が完全に切断されてしまう。


(おいっ!?)


 いつもなら俺に身体の主導権を渡して耐えるが今回は突然の奇襲だ。そんな余裕はない。


 しかも鎌は再度ナナエに襲いかかってくる。ナナエは相当辛いはずだが、それを耐えながらまた避けようとするが、今度は腹部が切り裂かれる。


「――――ぐぅ!」


 重なる激痛に変なうめき声を出しているが、それでも耐えきり、大きく後方に飛び跳ねて鎌から距離をとった。


 当然まともな着地をできる余力もないナナエは第3層の足場に倒れ込んでしまう。

 だがそれでもギリギリ意識を失っていなかったナナエは歯を食いしばり、


「……お、じさ、ん――」

(わかってる。あとは任せろ)


 その瞬間、ナナエから俺に身体の主導権が入れ替わった。


「……ギリギリ間に合ったか。くっそいてえなチクショウめ」


 右腕と腹に残る激痛に耐えながら俺はゆっくりと立ち上がる。少し離れたところに鎌が浮いている。あれは前に先生が襲ってきたときに使っていたのと同じだが、先生本人の姿は見当たらない。


「無事に変わったがそっちは大丈夫か?」


 さっきからナナエが黙っているので俺は呼びかけてみるが反応がない。どうやら激痛で気を失ってしまったようだ。


 ある意味丁度良いかもしれない。


 ――ふと、俺は下から何かが来る気配を感じた。背筋の寒気が止まらなくなるほどの憎悪の塊だ。


「しつこいですね。今度こそはと思ったんですけど」


 今度は別の方向から先生の声が聞こえてきた。薄暗い大穴の中に光源が生まれる。暗闇の中からゆっくりと先生が姿が浮かび上がってきた。鎌とは違う方向にいる。変な手品しやがって。


 足元からはさらに気配が近づいてきている。間違いない。このおぞましい感覚は天蓋だ。


 俺はやっと痛みが引いたので全身をチェックしながら、


「大方ナナエに不意打ちを食らわせて、動けなくしたところで下から這い上がってきてる天蓋の野郎に飲み込ませようとしたってところか。うまく行かなくて残念だったな」

「まあそれは今からでもできますけどね」


 先生の言葉と同時に違う方向から鎌が襲いかかってくる。俺は慌てて走って距離を取る。


 先生は動いていない。鎌だけ別行動をしている。なんだこりゃ。


「不思議ですか? 人間の髪の毛というものは伸びるものですからね」


 そう先生は余裕そうに鎌に明かりを当てる。見ると黒い髪の毛が先生から伸びて鎌に絡まっている。破蓋ってのは元ネタを拡大解釈して能力にしていることが多いが、人間の破蓋の場合は髪の毛がすげえ伸びるって感じになってるようだ。


 先生はこちらに向かって歩き出し、


「あなたは天蓋の一部なのでしょう? ならばなぜ人間の味方をするんでしょう? 私には不思議でしかありません」

「さっきいろいろ思い出したばっかりだからな。破蓋ってのがどういうものなのかはっきり理解したのもついさっきだ」


 俺の言葉に先生はニヤリと笑みを浮かべて、


「だったらわかるでしょう? 神々様という常に犠牲になるだけの存在が、自分の意志を持って立ち上がったのです。もう犠牲になるのは嫌だって。そんな神々様の気持ちを理解したのであれば、これ以上戦う必要もないではありませんよね」


 だが俺は首を振って、


「悪いが結論は逆だ。どうやらいろんな世界をぶっ壊す手伝いをしちまったみたいだから罪滅ぼしをしなきゃならねえって気分になってる」

「罪滅ぼし? あなたは正しい行いをしてきただけですよ。何の罪もない神々様に犠牲を強いる世界なんておかしいから滅ぼして当然でしょう」

「そうだな。おかしいかもしれねえ」


 俺はため息をついて、


「だが、おかしいとかおかしくないとかそんなことはどうでもいいわ。前回の世界でろくでもない人生を歩んだおかげで、正しい行いとかどうでもよくなった。俺はただこの世界にいるナナエもヒアリも学校の連中もこれ以上誰も傷つくところを見たくねえ。それだけだ」

「意味がわかりません」


 先生は困惑してしまっている。俺はへっと鼻を鳴らして、


「理屈もクソもねえ。俺がそうしたいからそうするんだよ。で、ちょうどいい罪滅ぼしっていういい大義名分もできた」

「それで一体何をするつもりなんですか?」


 俺の言っている意味がわからないという感じの先生。


「ここで全部終わらせる。破蓋の正体と目的を考えると、これ以上ナナエやヒアリを破蓋と戦わせるとためらいも出るだろうし、精神的にキツイだろうからな。こいつらはやさしいし。そのために――」


 俺は先生に向かって走り出す。


「俺がここで最後の犠牲になる」

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