第77話 敵襲
ナナエとともにヒアリは慰霊施設の中に入る。体育館のような作りで大きな壇上、そして中心部には砂場と無数の墓標が立ち並んでいる。相変わらず辛気臭くて嫌になる場所だ。
「ここには大穴ができて破蓋が浮上し始めて以降、戦死した英女が祀られています。中には大穴の底に落ちてしまい戻ってこなかった英女もいるので、すべてが埋葬されているわけではありません」
「これ……全員?」
ヒアリは大量の墓標を見回す。数はどのくらいだろうか。軽く100は超えるだろう。膨大な犠牲を払い、この世界が守られていることの証明だ。
ナナエもヒアリと同じく墓標を見て、
「はい、全員です。これほどの戦死者が出ているんです。私もすでに5回目の前で英女を失いました」
そう言ってから少しうつむいて、
「正直、毎回共に戦ってきた英女をここに埋葬するとき、私はあまりの辛さで胸が張り裂けそうになってしまいます。こういうのを見せてしまうと、ヒアリさんが萎縮してしまうのではないかと思い、今までは見せていませんでしたが、もうすぐかつてない脅威が来るということだったので、今一度ヒアリさんに生き延びてほしいことを伝えようと思って――ヒアリさん?」
そこまで言ってナナエは口を止めた。気がつけば、ヒアリはナナエの言葉に全く耳を貸さずに少し顔を赤くしている。身体の動悸が激しくなっているのか、少し息切れもしていた。
「すごい……すごいよ。私、本当にすごくなれるんだよ」
ヒアリの顔はどこか嬉しそう――いや、まるで何かに羨望の眼差しを向けているようだった。
『私、今すごいから!』
ガラケー破蓋の戦闘のときにヒアリが叫んでいた言葉が蘇る。あのときと同じ感じがする。そして、とてつもなく嫌な予感がする。
「……ヒアリさん?」
ナナエも何か異常を感じ取ったのだろう、恐る恐る呼びかけるとヒアリははっと、
「あ、うん、大丈夫なんでもないよ。ちょっと緊張しちゃったかな、あははは」
そう笑ってごまかしていた。
ナナエは怪訝な表情を浮かべるものの、話を再開し、
「私は死にません。だから私はいつも見送る側です。ですから、今度こそヒアリさんを見送らさないでください。お願いします」
そう言ってナナエはヒアリの手を握る。
「……うん、大丈夫だよ、きっと」
それに対してどこかバツの悪そうな感じのヒアリ。俺はやはり違和感を覚えてしまう。なんなんだろうか。
ここでナナエの携帯電話が鳴り響く。先生からだ。
『大穴の最深観測所で反応がありました。破蓋です』
これに二人に緊張が走る。最悪の脅威が迫るとかなんとか話していたらこれだからたまらん。さらに、
『観測所からの情報を確認したところ過去に一致する破蓋の形状は存在しません。恐らく新型です』
先生の報告にさらに二人の緊張感が高まった。おいおい、噂をすればなんとやらをそのまんまに行きすぎだろう。いや、まだその脅威とかとは限らないが……
その後先生から話を聞いたナナエは通話を終了する。
「ナナちゃん、新型だけど私……」
ヒアリは恐る恐るナナエに尋ねる。前回のガラケー破蓋のときに近づかないように言われたことを気にしているのだろう。
ナナエは頷いて、
「新型ですから、まず私が前面に出て破蓋の情報を得ます」
「……うん」
ヒアリはやや気を落とした感じになるが、ナナエはすぐにそんなヒアリの肩を叩いて、
「ですが、もう何度も戦闘を経験し、ヒアリさんの力の凄さはよくわかっています。今回は一緒に戦って、破蓋を破却しましょう」
これにヒアリはパアッと明るい笑みになり、
「やったっ!」
大げさに手を挙げて喜ぶ。やっぱりヒアリはかわいいなぁ。
(どうせ邪なことを考えているんでしょうけど、ヒアリさんに変な感情を向けるのはやめて下さい)
(うっせ。かわいいものをかわいいと思うのは自然の摂理みたいなもんだ)
(全くこのおじさんは……それに新型ですから、おじさんにも協力してもらいますよ)
(わかってるさ。誠心誠意尽くさせていただきますよ)
(よろしいです)
それがいやみったらしくいうとナナエは満足そうに答える。
ガラケー破蓋のときを思い出す限り、ヒアリのことも心配だしな。戦いの前にナナエに変な不安を与えないように口には出さずに心の中に留めておく。
「いきましょう!」
「うん!」
ナナエとヒアリはお互いに頷きあって走り出した。
『脅威』が迫っている大穴へ向かって。
俺は何事もないことを祈ることしかできない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます