第91話 しんどい
ロボット破蓋が大穴の底に落ちていってから一時間ぐらいが経過した。
「戻ってこないねー」
「そうですね……」
ヒアリは疲れたのか階段の上に座り、ナナエは双眼鏡で大穴の底の方を眺めている。
ここでナナエの携帯端末が鳴り響いた。先生からだ。
『お疲れ様です。最深観測所の情報を解析したところ、上層からなにか多数の破片が落下していたことを確認しました。そして、そのまま底の方に落ちていき、そのまま再び浮上してきている情報はありません』
「と、いうことは……」
『今日のお務めは終わりで問題ないと判断してもいいでしょう。お疲れ様でした』
通話が切れナナエはほっと胸をなでおろす。一方ヒアリは階段の上にひっくり返って、
「ふえー、待ち疲れたよぅ」
そう大きくため息をついた。一方ナナエは難しい顔をしたままだ。
(どうしたんだよ。もう帰ろうぜ。倉庫作業で納品のトラックがいつまで経っても来なくてぼけーと待っているような時間は辛いんだよ)
(何をいっているのかよくわかりませんが……しかし、あれは一体何だったのかわからずじまいなのがもどかしいです)
(同感だが、ここにいても仕方ないだろ。ヒアリに変な負担をかけたくもない)
ちらりとナナエはヒアリの方を見る。補助器具をつけたままだったが、だらんと階段の上に転がっている。疲れたと言っているものの心身ともに健康そうだ――足が動かないところを除けば。
「どーするのー?」
こちらの視線に気がついたヒアリが聞いてきたので、ナナエは少し考えてから、
「帰りましょう。いろいろ腑に落ちないことが多いですが、また破蓋が浮上してきたら来ればいいですし」
「はーい」
そう二人は大穴の出口に向かって飛び上がっていく。ただし、両足の動かないヒアリは肩から生えた二本の触手と両手のワイヤー発射機で器用にナナエのあとを追いかけていった。
――――
大穴から出ると工作部の三人組が待ち構えていた。部長のハイリが手を挙げてこっちに駆け寄ってきて、
「うぃーっす。無事に倒せたのかー?」
「ウィ!」
「おつかれと言ってます」
その後にミミミとマルも続いてやってきた。
ナナエはヘルメットを外して外気に当たりながら、
「実は……」
ロボット破蓋について工作部に説明する。核が見当たらなかったこと。倒せたかどうかわからないことなどなど、伝えるとハイリは腕を組んで、
「あたしらも破蓋については過去の資料とか全部調べたけど、核がない破蓋? そんなの反則で、倒しようがないじゃん」
「ウーィー……」
「ずるいと言ってます」
口を尖らせるミミミと解説役のマル。ハイリは考えすぎてもしゃーないと首を振って、
「まあ今回は追い払ったみたいだし、次来るまでに情報を集めて対策を練るしかないわなー。ああ、そうだ。ヒアリの装備こっちで回収させてくれよ」
「いいよー」
ヒアリは大穴の入り口に置いてあった車椅子に座る。ハイリは両肩につけていた歩行補助器具や両腕のワイヤー発射機を取り外して回収すると、
「今回が初実戦だったしいろいろ調べておくよ。なんか改良してほしいこととかあれば言ってくれ。何でも作るぞ」
「ありがとー、すごい助かったよ」
「へへっ、工作部としても英女の手助けをできるならお安いもんだよ」
「作ったのはミミミさんで、ハイリさんは実質何もしてませんけどね」
「電網で資材を注文したのあたしだぞ!?」
マルのつっこみにつばを飛ばして抗議する。電網ってネットのことだからネット通販でポチったりしているのか。確かにそれだけじゃ何もやってないに等しいと思うが……
その後、俺たちは学校に向かって帰り始める。ナナエはヒアリの車椅子を押して、できるだけ平坦なところを進んでいく。ナナエはいつもどおりだし、ヒアリは可愛らしく鼻歌を歌っているし、工作部三人も特に目立って変わった感じはしない。みんなヒアリの足が動かないことを受け入れて、自然に振る舞っている。
でも、俺だけはもやもやしてる。多分、ヒアリが誰かのために死ぬことを喜びにしているような性格であることを知っている唯一の人間だからだろう。
ヒアリの性格的に戦い続ければいずれ間違いなく死ぬ。しかし、核のない破蓋なんてイレギュラーなものが現れて、ヒアリの絶大な力は必要だ。そして、なによりもヒアリが望んで戦っているのだから本人の意志を尊重すべきである。でも、俺個人としては――そもそもナナエにもさっさと伝えないと……
ぐるぐると俺の中で悶々とした考えだけが周り巡る。
くそ、どうすりゃいいんだ。
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