第92話 アニメ

「ああ~、生き返ります~」


 大穴から戻ってきたナナエは風呂に使っていた。当然俺に見えないように浴室は真っ暗にされている。相変わらず腑抜けた声だけが響いている。


(相変わらず風呂好きなやつだな)

「疲れを癒やすのには最適です。破蓋との戦いの汗と疲れが一気に洗い流される感じがするのがたまりません。おじさんがいなければもっと気楽に入れるんですよ。早く私の身体からでていってください」

(できるものならとっくにやってるっつーの)


 ぶーぶー文句を言うナナエ。俺だってこいつからでていく方法があるのなら知りたいわ。本来であれば、それが再優先事項のはずなのにヒアリのこととかのせいで考える暇すらない。


 ナナエはぶくぶくと湯船に顔半分沈めて、


(大体おじさんの正体も未だにわからないんですよ? そんな得体の知れないものが私の身体の中に居座っているんですから、冷静に考えてみれば極めて精神的な負担です。にもかかわらず、私がこうやって破蓋の破却を続けられているのはやはり私の適正値の高さを示すものだという証明でもありますね、ぶくぶくぶく)


 器用に口には出さずに自慢げに語りだす。ヒアリとか他の学校の生徒を見る限りこいつがなんで英女になれたのかさっぱりわからねえな。

 と、ここでロボット破蓋のことを思い出し、


(そういやあのロボット野郎は結局なんだったんだろうな。あんなのは過去にいなかったんだろ?)

「はい。私の知っている限り、核のない破蓋なんて存在していません。そういえば、今のうちに聞いておきますが、なぜおじさんはあの破蓋のことを知っていたんですか?」


 ナナエは湯船から顔を出して聞いてくる。そういやその話をまだしてなかったな。


(底辺仕事だったせいで働く時間がよくかわっていたんだが、夜中に起きていることが増えていた時期があってな。その時暇つぶしにアニメを見ていることあったんだが……)

「あにめってなんですか」


 そう途中で話を遮られる。アニメも通じないのか、って外国由来の言葉が通じないんだからそりゃそうだな。


(なんて言えば良いのか、こう漫画――漫画ってわかるか?)

「馬鹿にしないでください。そのくらいわかります」

(その漫画がきれいに動いているような映像のことだよ。この世界でも放送でも夕方とかによく流れたろ)

「ああ、もしかして漫動画ですか?」


 ナナエの言葉。漫画と動画をあわせて、漫動画か。無理やりの気がするがそんなことはどうでもいい。


(で、俺の世界では深夜にその漫動画ってのをよくやってたんだよ。別に暇つぶしだったから熱心には見てなかったんだが、確かその中の一つにあの破蓋みたいなのが出てくるのがあったんだ)

「……おじさんの世界の創作物が破蓋の元だっていうんですか?」


 いまいち信じられないのか眉をひそめるナナエ。俺もうむと、


(俺も信じられないが、確かにあのロボット野郎――人型機動兵器は確かに漫動画で見たんだよ。これだけは確実に言える。この世界も大体俺の世界と似たり寄ったりだし、もしかしたら同じものが放送されているかもしれないが……)

「私はあいにくあまり漫動画とかは見てなかったのでそのへんはわかりません。ただ、おじさんの世界の存在が私達の世界に破蓋として現れている可能性というのは、かなり重要な情報に思えます」


 ナナエの指摘。そのとおりだ。事実ならばあの大穴が俺の世界とつながっている可能性が出てくる。

 ここでナナエがじろりと、


「やっぱりおじさんが破蓋の斥候とかだったりしませんよね? こういう話を聞いてしまうと、そういう疑いを持たざるを得ません」

(だから知らないって。俺は団地の掃除してたら大地震が起きて建物の瓦礫に潰されて、次に気がついたらお前の中にいたってだけだ)

「うーん……」

(だが……正直自分で自分を疑い始めてる)


 唸るナナエに俺はそう言った。正直あのロボット破蓋が出てきてから自信がなくなってきている。今の俺のどこの記憶をほじくり返しても、何らかの悪意や敵意を持ってナナエの中に住み着いているという情報がない。なんでこんなことになっているのかすらさっぱりわからない状態だ。

 しかし、だ。万一それらの記憶が都合よく消されていたら? 俺の意思とは関係なく、実は俺が見たものは聞いたものの情報がどこかに送られていたら? 自分に自覚がないだけで実はスパイ装置にされている可能性がないとは言えない。

 何のためかと言えば、当然英女側の情報を探る以外理由がないだろう。そうなれば、俺はナナエたちのことを調査している破蓋の手下ってことになる。


 ナナエは軽くため息をついてから、


「おじさんの意思に関係なく私達のことを記録し、破蓋側に送信している装置かもしれません」

(……かもな。すまねえが、今はそれを否定する情報がない)


 俺が声のトーンを落とす。しかし、ナナエは平静を保ったまま、


「ですが、おじさんにそういった自覚はないんでしょう? なら仕方ありません。おじさんを責めても仕方のないことです。せっかくなのでばーかとでも言って破蓋に喧嘩を売っておきましょう」


 ふふっと強気の笑みを浮かべた。どうやらナナエは俺に対してそのことで憎悪や警戒心を抱いているわけではさそうだ。


 俺が破蓋のスパイの可能性。冗談じゃない。俺はそう吐き捨てる。ナナエやヒアリの今の状況でそんなものに手を貸したいとは全く思わない。ミナミを死なせ、ヒアリの両足を動かなくし……何よりもナナエを苦しみ続けている。そんなことをしている連中のところで働けるか。今すぐ職場放棄して家に帰られてもらうぞ。


 そう強がってみるが、ただの推測に過ぎないし、そうやってナナエの身体から抜け出せば良いのか突破口すらない。くそっ、やられっぱなしかよ。


 俺がそうグダグダ考えていると、


「今のうちに情報を集めておきたいんですが。あの人型機動兵器の破蓋を倒せたような感じはありませんでした。恐らくまた浮上してくると思います。もし、おじさんがあの破蓋の弱点などを知っていれば教えてもらえれば助かります」

(すまんが、さっき戦っていた以上のこと思い出せない)

「は?」


 目が点になるナナエに俺は、


(いやその深夜にやってるアニメ――漫動画ってたくさんあるんだよ。毎日数本放送されて一週間ぶっ続けで何十本になる。しかも一作品が大体三ヶ月間ぐらいに終わるから、そこから新番組が始まる。俺が見たのはその中の一つなんだよ。しかもテレビを垂れ流しにしたら――)

「てれびって……あ、いいです、続けてください」

(で、垂れ流しにしていただけだったから全然内容について覚えがない。偶然覚えていたのが、あれがロボットで、レールガンとか撃ちまくる。あと近接戦闘用にヒートサーベルを持っていることぐらいだな)

「ろぼっと……れーるがん……ひーとさーべる……大体わかりました」

 

 そう言ってから少し考えをまとめた後に。


「って、それでは大した情報になりませんよ」


 文句を言ってくるナナエだったが、覚えてないものは仕方ねえ。どんな話だったかすら全く思い出せないぐらいだ。確かそんな硬派なものじゃなくて女の子ばっかり出ていた感じだった。ただノリが仲間との対立とか敵に襲われて味方の女の子が死ぬとか、宇宙空間に浮かぶでっかい石みたいなのに住んでいたとかそんなのだったことだけは薄っすらと思い出せる。


(とにかくだ。あのロボット野郎がレールガンとかで戦っていたのぐらいしか思い出せねーんだよ。あと確か装備を変えてバズーカ砲やビームシールドみたいなのを持っていたような……)

「おじさん」


 ここで唐突にナナエに言葉を遮られた。そして、続けて、


「何か隠しているでしょう」

(…………)


 突然の指摘に俺は言葉を止めてしまった。

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