第131話 大穴の底

「ウィ? ウィッ!」


 唐突にミミミがパソコンの前で騒ぎ出した。探査機から送られてきている画像を見ると、どうやら転がっていった末に破蓋の本体の隙間から更に大穴の底へ落ちていってしまったらしい。

 ここから先は高温地帯のはずだから、恐らく探査機は壊れてしまうだろう。なむなむ。


 しかし、ミミミが騒いでいるのはそこではなかった。探査機はそれでも画像をこちらに送り続けていて、そこにとんでもない画像があったことだ。


「なん……ですか、これ」

「怖い……」


 それを見たナナエとヒアリは恐れおののく。映し出されていたのは大穴の底には広い場所があり、真っ赤な溶岩の海がどろどろと渦巻いていた。時折太陽から飛び出るフレアみたいなものも溶岩から吹き出していた。そして、ちょうど大穴の真下には溶岩の一部に穴があり、そこから溶岩が流れ落ちていっている。


(これが……大穴の底か?)


 俺も驚きを隠せない。いや穴を掘っていけばそのうちマントルとかいうところにぶつかるはずだし、そこを掘ったら溶岩が吹き出るなんて話も聞いたことがあったから、当たり前のことなのかもしれないが、それでもこんな光景を見たら驚くに決まっている。


 ナナエが興奮気味に、


「他になにかありませんか!? もしかしたら破蓋についての手がかりもあるかもしれません!」


 だが、ミミミはお手上げポーズをし、


「ウィ……」

「もう画像の送信は停止しています。恐らく探査機が高熱で壊れてしまったんでしょうね」

「残念ー」

 

 工作部の答えにヒアリが残念そうな顔になる。かわいい。


 そこへハイリがやってきて、


「まーまー、次にやることができてよかったじゃん? でもまずは破蓋の方から片付けようぜー」


 確かに今ここで調査することでもないので、鉄骨と大穴の底の話は脇においておくことにして、発見した破蓋の本体をどうするのか話し合い始まる。


「鉄骨に引っかかっているんですから、それを破壊してしまえば上に浮上してくるでしょう」


 ナナエがそういうもののミミミは難しい顔で、


「ウィウィ」

「その通りですが、そう簡単にはいきません。どうやってこの位置にある鉄骨を破壊するのかが問題ですね」


 マルの説明に、ナナエとヒアリがお互いを見合う。どうせ二人共自分が行ってくるとか言いたいんだろうけど、無理はしない約束をしている手前、言い出せないんだろう。

 とはいえ、両足の動かないヒアリをいかせるわけにもいかないし、かといって俺がそんなところに降りて鉄骨をぶっ壊して帰ってくるとか無理だ。絶対に失敗してしまうだろう。

 だいたい、さっきみた大穴の底の溶岩まみれの世界を見たらもう無茶はしたくない。あんなところに落ちて一生焼かれ続けるとか精神崩壊するわ。


 工作部の連中もどうしたもんだか考えている。ふとハイリの顔を見て思い出した。そういやこいつら爆弾を作って古くなった建物を爆破したいとか言ってたっけ。


(爆弾をここから投下して鉄骨を破壊すればいいんじゃね)


 俺がそう言ってみたのをナナエが工作部に伝える。しかし、ミミミは首を振って、


「ウィ……ウィ」

「破蓋が大きいのでそこに命中させて爆発させることは可能です。しかし、動きを止めているぐらい頑丈な鉄骨なのでちょっとやそっとで破壊するのはできないかと」


 マルの解説に俺はなーんだと思い、


(なら何回でも爆破すりゃいいじゃん)


 俺の話ををナナエが伝えると、工作部の連中は意味がわからないように首をかしげる。ええい、意思疎通が面倒だ。


(直接話すからちょっと代われ)

(え、いいんですか? ヒアリさんと話すのも面倒臭がっていましたが……)

(話が終わったら速攻逃げるから)

(はあ)


 というわけでナナエから身体の主導権を借りると、


「何回でも爆破すりゃいいんだよ。それこそ10回でも100回でも。ついでに爆弾を改造して威力を強めたりいい感じに破蓋にきれいに命中するような作りにする良い実験にもなるだろ? そのうち、破蓋そのものを一発で倒せるぐらいの爆弾とかが作れるようになるかもしれない」

「……………」


 工作部とヒアリは黙って俺の話を聞いている。というかなにか驚いてる感じか? まあいい。話を続けて、


「こういう作業に近道なんてないってのは単純労働ばっかりやってる俺だからわかる。少しずつ結果を積み重ねて仕事を終らせて帰って寝る。それだけだな」


 そういうとミミミは大きく頷いて、


「ウィ!」

「それでいこうと言ってます。私もいいと思います」


 マルも同意した。やれやれ、これで俺が痛い目を見なくて済みそうだ。

 が、いきなり隣りにいたヒアリから手を握られて、


「おじさん!」

「な、なに?」


 俺が戸惑っていると、ヒアリは顔を近づけてきて、


「おはようございます!」

「は?」


 意味がわからないことを言われてしまい、俺は困惑してしまう。ヒアリはそんな俺にふふんと、


「挨拶は基本だよー。やっとおじさんとお話できたから嬉しいかも」


 そうにこやかに言ってきた。正直俺の苦手な雰囲気だなのでナナエに、


(おい、話は終わったから戻すぞ)

(お断りします)

(は?)


 俺が眉毛をピクピクさせていると、ナナエはやれやれとため息を付きながら、


(ヒアリさんの言う通り挨拶は基本ですからね。こないだは逃げましたし、今度こそちゃんとヒアリさんときちんと話をしてください)

(嫌だよ。仕事場に行くと挨拶強化月間とか張り紙があってうわぁとか思っちゃうぐらいだし、挨拶なんて出勤したらおはよーございまーすと言って、終わったらお先に失礼しまーすだけでいいんだよ)

(いい機会だからそのひん曲がった常識を直しましょう)

(嫌だ。早く変わってくれ)


 俺とナナエがぎゃーぎゃー揉めている一方、ヒアリは俺の顔をジロジロ見てくるし、ミミミなんて虫眼鏡みたいなのを持ち出して俺の目玉をチェックし始めた。見世物じゃねーぞ。


 ムズムズしてきてつらすぎるのでもう俺は強硬手段に出ることにした。ナナエが来ている服のボタンを外し始め、


(てめー、さっさと戻さないとこの場で素っ裸になるぞ!)

(いきなり何を始めるんですか、このおじさんは!?)


 そう仰天したナナエは即座に身体の主導権を俺から取り戻した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る