第132話 ミミミの推測
「危うく公衆の面前で大恥をかくところでした……」
ナナエがやれやれと首を振る。そりゃこっちのセリフだ。油断も隙もあったもんじゃない。
俺がさっさと引っ込んでしまったことにヒアリは残念そうに、
「もっとお話したいのになー」
一方で工作部――特にミミミは目を輝かせながら、ハンマーとのこぎりを取り出して、
「ウィ……っ!」
「調べさせて欲しいと言ってますが」
「何をする気です!?」
マルの通訳を聞いてナナエが顔を青ざめる。ハイリも興味深そうにナナエを見つめて、
「本当にナナエの中に別の誰かがいるんだなー。どういう原理なんだ?」
「いろいろ調べてみたことはありますが、原因も理由も全くわかってません。さっさと追い出したいのですが……」
(俺も出ていきたいっての)
ナナエに同調する俺。ハイリは続けて、
「普段は引っ込んでいるけどさっきみたいに身体を切り替えたりできるってことかー?」
「もう知っているかもしれませんが、私はどんな傷を負ってもしばらくしたら修復されます。しかし、精神的な損傷で身体が動かなくなってしまうので、破蓋の攻撃を受ける瞬間はおじさんに身体の主導権を渡して身代わりになってもらってます。傷が治り次第戻す感じですね」
「うへー、痛いのだけ我慢するのかよー」
ハイリは嫌そうな顔をしつつ、
「年齢とかわかってんの? 性別とか出身とか名前とか、ナナエの中に住み着く前とか」
その質問にナナエはしばらく考えてから、
「詳しい年齢は聞いてませんが、中年だと言ってました。あと性別は男で出身は日本という国だそうです。こことは違う世界ではないかと言ってました。ええと、大陸とかの形は全く同じですが、国や歴史が違う感じです」
「あー、平行世界ってやつかー」
その辺りの知識があるのかハイリはすぐに納得してくれた。
「あと名前なんですが、教えてくれません」
「名前教えてくれないってどういうことだー?」
「自己紹介とかするのが嫌だと言ってましたが……」
ナナエが煮え切らない感じの答え方をしていたので、
(面倒なんだよ。自己紹介とかしたら変に人間関係のつながりができるじゃん? そんなのを持ったところで疲れるだけだし面倒。仕事なんてお互い名前も知らない間柄で、仕事に来たら「おはよーございまーす」、変えるときに「お疲れ様でーす。お先に失礼しまーす」と言って帰るだけでいいんだよ)
(ご友人や家族との付き合いとかあるでしょう)
(そんなもん15年以上やってないわ)
(えぇ……)
ドン引きしたナナエだったが、すぐにハイリにそのことを伝える。ハイリは少し驚いた感じだったが、
「変わってんなー。まあそう言うなら無理に聞かなくてもいいわな。おっさんやおじさんでも通じるんだろ? んじゃあたしらもどっちか使って呼ぶかー」
「うぃっうぃっ」
ここでミミミが首を突っ込んできた。どうやら質問したいことがあるらしい。
ミミミはぼそぼそとマルに質問内容を伝え始める。そして、マルが話しはじめて、
「おじさんと呼ばせてもらいます。おじさんはこちらの世界に来る前の記憶は持っているんでしょうか」
(ああ、薄れたりすることもなくちゃんと覚えてる。掃除の仕事中に大地震が起きて建物に潰された。まあ普通に考えて生きていたとは思えない。次に目を覚ましたらこいつの身体の中にいたってわけだ)
ナナエが俺の代わりにミミミに伝えると、
「ウィ……」
「…………」
マルはしばらく通訳に躊躇していたが、やがてゆっくりと、
「ミミミさんの考えであって証拠はありません。ただの一つの推測だとして聞いてください」
(お、おう……)
ずいぶん慎重な物言いに俺は少し戸惑う。そして、マルが続けて、
「おじさんと呼ばれている存在は破蓋の可能性があります」
「……マジで?」
これに唖然とした反応を示したのはハイリだった。ミミミはマルにぼそぼそと何かを伝えてから、
「破蓋という名前は蓋を破るという意味です。それはこの星の内部から近くを破り地上に現れるということを意味していましたが、なぜこの大穴だけから現れるという疑問がありました。しかし、この大穴が別世界とつながっているのならばそれは解消されます」
「…………」
「…………」
マルからの説明にナナエとヒアリは黙って聞いている。マルは更に続けて、
「そして、大穴を通って私達の世界にやってくるのは破蓋のみです。それを考えれば、おじさんと呼ばれる存在が大穴を通って現れた破蓋であり、何らかの理由でナナエさんに取り付いているとすれば、辻褄があります。あくまでもこれは推測であり、証拠は何もありません」
「……そのようなことはありえないでしょう」
ここできっぱりと言い放ったのはナナエだった。これにハイリがおーと意外そうに、
「すっごい自信だな。なんか根拠があるのかー?」
「当然です。破蓋は人類を滅ぼすために現れ、神国や神々様を苦しめ、英女と激闘を続けてきたのであり、そのような強大な力を持っている存在が、こんな駄目駄目おじさんと同じなわけがありません。私の誇りが認めるのを拒否します」
(そういう意味かよ!?)
自信満々だからきちんとした理由があるのだろうと思ったら、ただの現実逃避で仰天してしまう俺。これには工作部三人もぽかーんとしてしまっている。
さすがにアレすぎる理屈だと思ったのか、ナナエは一旦咳払いをした後に、
「ま、まあ、おじさんとは非常に不本意ながらすでに数ヶ月の付き合いになっていますが、今の所私達を攻撃してきたりする様子はありません。それどころか私に協力して幾度となく破蓋の破却に成功しています。おじさんが破蓋ならば矛盾しています」
今度はまともな理屈を述べた。これにはミミミのウィウィと頷いて同意している。
一方のヒアリはえへへと何故か笑顔になっていた。それにナナエが疑問を持ち、
「何がそんなに楽しいのですか?」
「だって、おじさんがもし破蓋さんだったら、破蓋さんとこうやってお話したりするってことだよー。それなら仲良くなることもできるかなぁって思っちゃって」
そうヒアリらしい回答だった。かわいい。
ハイリも頷いて、
「そうだよなー。破蓋と話ができるのなら休戦とかも可能だもんな。仮にミミミの推測が正解だったとしても割と新しい展開が期待できそうだなー」
確かにこの二人の言い分もわかる。しかし……
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