第98話 相談事

「ヒアリを英女から足を洗わせたい? なんでまた?」


 ハイリが頭の後ろで手を組みながらそう言ってくる。

 

 ここはナナエの寮の部屋だ。ロボット破蓋を追い払ったあと、装備を回収してヒアリを部屋に送り返した。その後、工作部の三人をナナエの部屋に招き入れている。すでに夜遅くなったが、三人とも了承してくれた。なんでもこいつらいつも三人で夜更かししていろんなものを作ったり考案したりしているからこの時間でも平気らしい。


 目的はヒアリを英女から外すことにある。今回のあの反応。守れてない、守らせて欲しいという言葉。相手のために命を懸けなければ気が済まない性格。両足の機能を失っても破蓋に立ち向かう姿勢。これらを考えると、ヒアリがこのまま戦い続ければそう遠くない未来に戦死するのは確実だ。

 しかし、ヒアリは戦うことをやめないだろう。どうやればやめてくれるのか。そうナナエと俺で考えてみたが全くいいアイディアが生まれない。

 というわけで意を決して工作部にも相談してみることにした。当然、ヒアリの人格上の問題も話す。


 ナナエがヒアリが命を懸けることが目的になってしまっていることを工作部の三人に伝える。三人共しばらく黙っていたが、やがてマルが吐き捨てるように口を開いた。


「よくも……こんなことを私達に相談できましたね……」

「えっ」

(えっ)


 突然ワナワナと肩を震わせ始めたマルにナナエと俺はぽかんとしてしまう。

 さらに正座したまま拳を握りしめ、


「私達は落ちこぼれ呼ばわりされているんです。英女になりたくてもなれない。確かに素質も適正もない。でも、誰かのために戦いたい気持ちははっきりあるんです。それだけで苦しくて辛いこともあるというのに、ヒアリさんが英女をやめられるようにする方法を考えろと? まるで適正のある人を追い込んであわよくば後釜を狙う計画じゃないですか。どんな鬼畜ですか」


 しまったと俺は後悔してしまう。言われてみりゃそのとおりだ。英女学校にやってきておめーらの出番はないから雑用やってろと言われた連中に相談することじゃない。俺もナナエもヒアリのことを助けようとするばっかりで周りが見えなくなっていたようだ。

 隣りに座っていたハイリはあぐらをかき、隣のミミミは表情も変えていない。

 そんな中、ナナエもオロオロとしてしまい、


「す、すいません! そんなつもりじゃ――」

「――あああああああああああああああああああああ!」


 と、今度はマルが頭を抱えて床の上をゴロゴロと転がりまわり始めた。今度はなんだよ。

 マルはだばだばと涙を流して、


「私はどーしてこんな事を言ってしまうんですかぁ! ナナエさんも大変な思いをして私達に相談してくれたなんてわかっているのにー! こんなのだから適正が無いって言われるんですよー!」

「ごめんなー。ついつい辛辣なことを言ってしまうのがマルの悪い癖なんだよ。でもそんなに悪いやつじゃないから勘弁してくれよな」


 やれやれと肩をすくめるハイリ。一方ミミミはマルの頭をなでて、


「ウーイウーイ」

「慰めてくれるのはありがたいんですがやっぱり私のダメなところは変わりませんよー! ナナエさんごーめーんーなーさーいー!」


 マルは号泣し続ける。めんどくせーやつだな。

 一方のナナエはすっとマルのところに近づき、


「マルさん。あなたの発言には全く問題ありません。適正値についてもその性格で下がるような問題はないはずです」

「……は?」


 突然わけのわからないことを言われて今度はマルがポカンとしてしまう。

 ナナエは自分の胸に手を当てて誇るように、


「最近知り合った人がいるんですが、この人が本当に――本当にという言葉では表しきれないほど駄目な人でして、駄目駄目駄目ぐらいいわないと表現できないぐらい駄目な人なんです。どうやったらこのような人が存在しているのか、どう考えてもわからないほどの駄目な人なんです。おまけに小賢しい事を言ってこちらを納得させようとしてきたりもします」

「…………?」


 意味がわからないことを言われてきょとんとするマル。というかそれは俺のことか?


「英女の適正値の高さは自己犠牲と他者への奉仕精神に左右されます。学校の人達ならばこのおじ――人のことを肯定したり褒めてしまったり慰めてしまったりするかもしれません。しかしながら、私はこの人の人生について徹底的に批判をし続けました。そんな考え方はおかしいと。その結果、私の適正値があがったのです!」


 バババーンと言いたげに胸を張る。ひでえ言われようだ。

 ナナエはマルの肩に手を置き、


「というわけでマルさんの発言は適正値を下げるようなことにはなりません。それは私が保証しましょう。今回のことは私の思慮が浅かっただけのことです。むしろ、それをわからせてもらえたのですから感謝しなければなりません」

「あ、ありがとーございますぅぅぅぅぅ」


 マルは感激のあまりナナエの胸に飛び込んでしまう。それを暖かく迎え入れて頭をなでてやるナナエ。なんだー、この状況はー。

 俺が困惑しているそばでハイリは感心して、


「こーいう対応を見るとやっぱりあたしらとは根本的に適正値の違いってのを感じるよなー。相手をきちっと思いやった行動をしてるし」

「ウィウィ」

 

 ミミミも同意して頷いている。いーや、こいつは本音そのままに言っただけだぞ。絶対相手のことなんて考えてないから。それは罵倒されまくっている俺が一番わかる話だ。

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