第144話 現状のまとめ1
昼飯を食い終わった後の昼休み。俺たちは工作部の部室に集まっていた。
辺り一面には得体の知れない機械が乱雑に並び、戸棚にはねじや工具が無造作に突っ込まれ、壁には不気味な黒い汚れが広がっている。
さらに油とかペンキとかその他の得体の知れない臭いがするらしくナナエは鼻を摘んでいた。一方ヒアリはそういう態度は悪いことだろうと思っていつもの笑顔を浮かべているが、微妙につらそうな感じだ。
(換気しろ換気。ヒアリが苦しそうだぞ)
(私のことは心配しないんですか)
(お前は毒ガス――霧をぶっかけられても食らっても死なないんだから気遣う必要もないわ。いざとなったら入れ替わってくせえ目に遭うのは俺だし)
(まあそれはそうなんですが……)
ナナエはどこか不満げに窓を開け始めようと近づくが、
「ウィウィ」
「任せてくださいと言ってます」
ここでミミミが壁に据え付けられていたレバーを引く。すると天井から窓に伝わっていたロープがぐるぐる巻き初め、窓が勝手に開いた。
それを見ていたヒアリは目を輝かせて、
「すっごーい! 自動で窓を開けられるの?」
「へへん。全くそのとおりだ。まっ、ちょっとばっかり他の装置を作るときの実験台だったけどよ」
すごいすごいと言われてにへら~と崩れた顔で照れるミミミ。薄幸の美少女みたいな容姿なのに口調の荒っぽさのギャップでかすぎる。
俺はふと窓を自動で開けられる装置を見ながら、
(手で開けたほうが早いんじゃ? 無駄が増えているだけにしか見えないが……)
(しっ、ヒアリさんに聞こえてしまいます)
ナナエからツッコミを受けたので即黙る。ヒアリはまだミミミにすっごーいを続けていた。まあ本人らが楽しそうならツッコむのは野暮だな。
そんな事をした後に部屋の脇のスペースに集まって工作部との話を始める。
まずハイリが口を開き、
「んで、結局おっさんってのは破蓋でよかったのかー?」
「おじさんから聞いた話、そして、私やヒアリさんが体験したあのときのことを思い出せば確実でしょう」
「破蓋が従えとか言ってきたんだっけ? それをナナエの中にいるおっさんが拒絶したら、混乱していたと」
ハイリがおもちゃ戦艦破蓋との戦いの直後に、ナナエに話を聞いたときの内容を記録していたメモ帳を確認している。
ナナエは補足して、
「従えというのは恐らくおじさんに対してだけではないようです。神々様に対しても呼びかけられ、実際にヒアリさんの身体の一部が動かなくなっていたのはそれが原因だということです」
ナナエからヒアリにバトンタッチし、
「うん。私にはたくさんの神々様が力を貸してくれているけど、あの破蓋さんの呼びかけに――ちょっと表現しにくいんだけど怯えたとか迷っちゃったみたい。それが私に貸している力に変な影響が出ちゃって。でもでも今は元気だし、神々様ももう迷ったりしないって言ってくれてるから」
そういつもの屈託のない笑顔を浮かべる。かわいい。
この話にミミミが唸り、
「それならばこの仮説が成り立ちますね。破蓋と神々様は同じ存在であると」
「……はい」
ややトーンダウンするナナエ。視線も下がっている。そりゃ神々様を信仰している宗教バカなこいつにとって攻め込んできている奴らも神々様みたいなもんだと言われりゃ気分も落ち込むだろう。
だが、すぐにミミミを首を振り、
「……ウィ」
「しかし、それは破蓋と神々様が完全に同じ存在であるとはいい切れません。動物でも種族がたくさんあるように、破蓋と神々様も同じ存在だが種族が違うという仮説も成り立ちます」
「なるほど……」
ナナエも思案顔でその話を聞く。更にミミミは続けて、
「破蓋と神々様が同じ存在、そして、『従え』という言葉から考えて、破蓋の呼びかけに応じると神々様が破蓋になる可能性が考えられます。つまり破蓋はこの世界の神々様をすべて破蓋にしようとしていることになりますね」
「――――!」
その話にナナエが電撃ショックを受けたように震えた。神々様の離反。もしこの世界で人間に神々様が力を貸さなくなればどうなるか。ナナエの話だと、神々様はこの世に存在しているすべてのものを作り出しているので、間違いなく人類滅亡である。
一瞬ナナエは何かを言おうとしてすぐに飲み込む。
(どうした? 言いたいことがあるのなら言ったほうがいいと思うぞ)
(……いえ、反射的にそんなことがあるわけが、といいそうになりましたが、感情論であり、特に根拠もありません。むしろミミミさんの仮説のほうがあり得ると思います)
いつも感情的に振る舞ったりするが、こういうときは冷静な判断を下すのはナナエのすごいところだと思う。
ミミミの仮説は証拠がないが理屈は通っている。そうなると俺が人間破蓋になるわけだが……破蓋の声が聞こえ、そして、破蓋が自分たちに従えと呼びかけてきているのを理解してる。破蓋であることに言い逃れはできない。
しかし、破蓋の呼びかけに応じたら破蓋になるってのも妙な話だ。なぜなら俺は破蓋なのに罵倒して追い払っちゃったからな。どういうこったい?
ここでヒアリが首を突っ込んできて、
「でもでも、これって悪いことじゃないと思うよ! おじさんはナナちゃんを守ってくれてるし私達に協力してくれてる! なら破蓋さんと仲良くできるってことだからね! ほら握手握手ー」
「いえ、私の手を握られても困るんですが……」
手を掴まれて振り回されて困り顔になるナナエだった。
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