第183話 迷ってしまう
ナナエ(と俺)は軽自動車を降りてから海岸に向かう。巨大な倉庫や工場が立ち並んでいる場所だったが、それがちょうどよかった。軽快な足取りで建物を登っていき一番高い屋根に乗る。ここからなら遠くまで見渡せる。
それからナナエは大口径対物狙撃銃を構えながら、破蓋の姿を探し始めた。赤い海に濃い青い空。毒々しい光景に気分が悪くなってきた。
しばらく海のほうを見ていたが、
「いました」
ナナエは大口径対物狙撃銃を構えたまま、照準を定める。その先には破蓋がいた。小さくてはっきりとは見えないが、形状から見て前に戦ったことのあるしゃもじ破蓋だろう。あまり強くないやつでよかった。
しゃもじ破蓋との距離が結構あるため、破蓋はこちら側に気が付かずにゆっくりと空中を移動している。どこかに向かっているようだ。
一旦破蓋から視線を外したナナエは持ってきていた地図をめくり、現在位置と破蓋の確認する。
「私達のいる場所がここです。建物や海岸の位置から見て破蓋の移動している先はこちらになりますね」
ナナエが破蓋の位置からすっと移動している方角に指をなぞっていく。その先は俺が死んだあの団地がある場所を通っていた。
(やっぱり俺が死んだところに向かっているのか? いやでもヒアリの言う通り、破蓋が最初に俺のいた団地に出現したからといってそこからナナエたちの世界に向かうってのは変な気がするが)
「方向が一緒なだけで破蓋の目的地はもっと先の可能性があります。この破蓋が向かっている場所は私達の世界ではなく別の世界――つまりおじさんの世界に侵攻してきた場所を目指しているのかもしれません」
俺の頭がこんがらがってきたので整理する。
破蓋がいたAという世界があって、そこから俺たちの世界Bに侵攻してきた。そこからさらに俺達の世界Bからナナエたちの世界Cへと侵攻している。あのしゃもじ破蓋はCじゃくてAに向かっている可能性ってことか。それならこの世界に最初に破蓋が現れた団地に向かっているは説明がつく。
しかし、
(どっちにしても俺の死んだところに大穴と同じようなものがあるかもしれないんだろ? 行ってみるのも情報収集に役立つんじゃないか? 何もなければ更にその先を目指せばいいし。どうせ確実な場所なんて今はわからないから、ひとつずつ情報を集めていくしかねーし)
「言いたいことはわかりますが、なにかあやふやでもやもやしますね……」
そうナナエは言ったもののしばらく考えた後に、
「いいでしょう。とりあえずおじさんがいたという団地を目指して行くことにします。その前に――」
ナナエは大口径対物狙撃銃を再び構える。
(おいおい、ここであれを倒すのか?)
「あの破蓋が私達の世界へ侵攻する可能性はゼロではありません。もし英女のいないところへ破蓋が浮上してくれば最悪この世界のようになってしまいます。倒すほかはないでしょう」
(かなり距離があるけどできるのか?)
「この程度の距離、英女として鍛えた私ならば問題ありません」
ナナエの言葉には自信がこもっている。しかし、なぜか声に微妙な曇りを感じた。ここからしゃもじ破蓋の核を撃ち抜けることには自信があるが、本当に撃っていいのか迷っているように感じる。
(大丈夫か?)
「……何がですか。私はすこぶる元気で順調です。疲れはありますが、この程度戦いでいちいち気にしてなど――」
(いや破蓋にも立場を翻すやつがいるって件だよ。もしかしたらしゃもじ破蓋も天蓋を裏切って人間側につくかもしれないじゃん? それで迷ってんのかな~って思って)
「…………」
俺の指摘にナナエは黙ってしまった。やばい、言わなくていいことを言ってしまったかもしれん。
「し、しかしここで撃たなければ生徒たちや工作部の方たちに危険が……でも、もしあの破蓋が心を変えられる可能性があるのに安易に破却してしまうのも……むむむむむむむむむむ」
すっかりナナエは考え込んでしまった。こいつは迷う時はひたすら迷う奴だからな。
(まああそこにいる破蓋ってしゃもじ破蓋だろ? あれって基本殴ってくるだけだし、核も丸見えだし、英女じゃなくても工作部たちが得意の爆弾攻撃で破蓋を倒してくれるかもしれない)
「楽観的な推測に過ぎません。大体破蓋を倒せるのは神々様の力を借りることができる英女のみです。学校の生徒たちの命がかかっているんです。やっぱり決めました。破蓋は敵である以上、早くするべきで――」
ここでナナエの言葉が止まる。なぜならしゃもじ破蓋が少し速度を上げて離れていってしまったからだ。いくらナナエでもこれ以上先は無理だと判断して、大口径対物狙撃銃を肩に背負ってしまった。
「おじさんが話しかけてくるせいで破却できなかったではありませんか」
そう頬を膨らませてブーブー文句を言われてきたが、
(まあ今決まらないことは後で考えりゃいいんだよ。考えながらじゃ仕事もできないし)
「はあ……」
ナナエは大きく嘆息してしまうが。
「まあそうですね。今はやれる方をやりましょう」
そういいながらヒアリのいる場所に戻った。
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