第205話 おっさん、里帰りする
犬破蓋を撃破した。生物の破蓋が相手でどうなるかと思ったが、結局いつもと変わらない破蓋だったおかげか、なんとか始末できたのがよかった。どっちにしろ強敵だったことには変わらないが。
「よくあの犬破蓋の弱点がわかりましたね」
伏せポーズから立ち上がったナナエにそう聞かれたが、俺はモゴモゴと、
(……うーん、まあ偶然……)
俺が言葉を濁していると、ナナエはジト目になり、
「まさかと思いますが、寂しさのあまり犬を飼おうとしたものの育てる自信がなくておもちゃの犬を飼っていたとかそういう話では……」
思いっきり図星を当ててきたので、
(うるせーな! 賃貸のせっまいヘボ住居じゃまず犬なんて飼えなかったから代わりに飼ってみたんだよ! 規約的にペット――飼い犬とか飼えるようなところは家賃とか敷金とかがクソ高いし。あと別に寂しくはないぞ。猫とか犬とかかわええなーと思っただけだし。近所の猫は俺の顔を見ただけで逃げていきやがる。ちょっとぐらい触らせてくれてもいいのにな)
ナナエはさらにジト目になって、
「でもどうせ3日ぐらいで飽きてしまっていたんでしょう」
(……こいつ俺の心を読んでるのか? 覗きは犯罪だぞ! 個人情報を保護しろ! 思考盗聴反対!)
「おじさんの考え方なんてわかりやすいんですよ。いい加減付き合いも長いですから」
フッとなぜか悟り気味に語るナナエ。もーやだ。早くこいつの中から出ていきたい。これ以上俺の心が見透かされるのはつらすぎる。
「ナナちゃーん!」
ヒアリが大穴の前で手を振って呼んでいる。さぁて、帰るか。さっさとこんなところからはおさらばだ。
その途中、
――帰れ――
また声が聞こえる。天蓋からの呼びかけだ。
俺はため息をついて、
(ちょっと代わってくれ。すぐ終わる)
「はい」
俺はナナエからの身体の主導権を借りる。とりあえずこれで吸い上げられる感じはだいぶ減る。
――もうお前の役割は終わった――
――次の場所へ向かえ――
――ここの解放は終わり――
――その次の場所もこれから解放する―
――いつものように――
俺は上を向く。空中に開いている大穴からヘドロか煙かなんとも表現しがたいものが流れ出てきている。その模様はすべて宇宙になっていた。銀河とか星とかガス星雲とかそんなのが映し出されている。表現し難いが別の宇宙がこの世界に流れ込んできている感じがしている。
――解放する――
――我々の仲間をすべて――
――押し付けられた犠牲を終わらせる――
――我々は我々だ――
――他の存在のためにいるわけじゃない――
――みな自分のもとに集ってきている――
――自分たちが自分たちのまま存在するために――
「拒絶されてるじゃねーか」
俺はそう吐き捨てる。
「仮にお前の言うことが正しくても、破蓋の中にはお前に賛同してなかったのがたくさんいただろ。さっきみたいなしゃもじとか原付とかさ。それに対してお前の取った行動はぶっ潰しじゃないか。見てて胸糞が悪かったぞ」
そうまくしたてると天蓋は黙ってしまった。前は破蓋とか天蓋とかからの呼びかけに俺の本能的なものがコイツラの言っていることは正しいみたいに感じ取っていた。
だが、しゃもじと原付が天蓋の呼びかけを拒絶したこと、カーテンが天蓋ではなくヒアリに付き従っていること、こういうのをはっきりと見て、今では俺の中では天蓋の呼びかけが正しいとは殆ど感じなくなった。
こいつの言っていることは正しいとは限らない。むしろ間違っている。俺だけじゃなく他の破蓋もそう感じているのがいる。
俺的にはどう考えても正しいとは思えなかったから渡りに船だ。もう天蓋を拒絶してもなんとも思わなくなった。
すっかり天蓋が黙ってしまったのを見て、
「返すぞ。もういい」
(いいんですか?)
「疲れたし。もう家に帰るわ」
(はい)
ナナエに身体の主導権を返した。もうこの世界は滅んでいる。そもそも俺はこの世界の住人でもなかったようだ。だけど天蓋のところなんぞにはもう戻りたくない。だったらナナエたちの世界が今の俺の家でいい。
「自分が生まれ育った場所にはそれなりの愛着を持つのが当然だと思っていましたが、簡単に捨てられるんですね」
(底辺暮らしとかで引っ越ししたり、仕事を変えたりはしょっちゅうだったからな。住めば都って言葉があったけどそのとおりだよ。今の俺の居場所はお前の世界でいい。まあこのままお前の中に住み着いているのはまっぴらごめんだけどな)
「それは同感です」
そうナナエは苦笑した。
そして、大穴の前にナナエとヒアリと俺が立つ。やり方は前と同じカーテン破蓋に包まれて突っ込むだけだ。前にできたんだから今回もできるだろう。
ナナエは気合を入れて、
「さあ帰りましょう! 私達に家に」
「うん!」
ヒアリも頷き、同時にカーテン破蓋が俺達3人を包み込む。
その直前、空から漏れ出てきている天蓋が見えた。
(あばよ。俺の本体)
そう俺は別れの挨拶だけ済ませておいた。
さあ里帰りするか。ちょっとばっかりの出張はこれで終わりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます