第165話 先生の過去

「で、あたしらみたいなのが集まったせいではじめて先生に疑問を持つことが出来たってのはわかった。問題はそこからだ。過去とか経歴の情報がねえと、あの先生と破蓋がつながっているっていう話の検証も進まねえ。あの先生はなんなんだ?」

 

 ミミミが素の口調で喋りだす。同時に足を組んで椅子をガタガタと揺らし身体をふらつかせていた。口だけじゃなくて態度まで悪いやつだな。薄幸の美少女みたいな見た目のくせに。


 そんな態度にクロエは腕を組んで、


「またそんな態度とって……まあ今日は指導しているわけじゃないしいいわ。今日会長がここにいるのは先生について話があるからよ」

「そうはいっても先生がいなくなったおかげで外部との連絡がさっき取れたばっかりだけど。だから聞いたことをありのまま流す」


 生徒会長は相変わらずこちらに背を向けて窓の外を見たまま、話を始める。


「かつて先生は英女として破蓋との戦いに従事していた。適正値は高い部類に入り、技量も高く幾度も強敵を迎え撃ち、名高い戦果を上げている」


 元英女ってのは知ってたが強かったのか。そう言われると確かに風格はあった気がする。


「しかし、いくら破蓋を倒し続けたところで戦いは終わらない。先生が戦い続けた間にも何人もの仲間の英女が倒れていった。そうしているうちに先生の適正値は徐々に下がり始めた」

「私と同じ……ですか」


 生徒会長の話にナナエがポツリとこぼす。こいつも不死身の能力と磨き上げたスキルで破蓋を倒してたけど仲間の死に苦しんでたな。


「それから先生は根本的な破蓋対策をするべきだと言い始めてる。自分の適正値の低下でもう長くは戦えないとわかっている、だから破蓋を完全に根絶する必要があると」

「……ウィ」

「私達と同じですね。先生もこの延々と続く戦いを終わらせたかったんでしょう」


 ミミミとマルが頷く。


「ただし大穴の底から向こう側にはいけなかった。だから代わりに破蓋をこれ以上浮上させない方法を模索していた。そして、それで実行に移されたのが――」

「まさか……」


 ナナエが驚愕の表情になる。生徒会長は頷き、


「深い部分に鉄骨を張り巡らせて、そこで破蓋を止める方法だった」

「……無理に決まってんだろ。大穴は広いんだ。そこを鉄骨を設置して蓋にするのなんて世界のあらゆる技術でもできっこない。そもそも運ぶだけで無理難題だ。仮に設置は出来ても破蓋の攻撃力を考えれば簡単に破壊されちまう。実際に破壊されてたしな」


 ミミミが素の口調でそう吐き捨てた。生徒会長もそのとおりと、


「この計画は無謀を超えて実現不可能だった。ただ先生は一度そうだと決めると周りの話を聞かなくなり視野も狭くなって突っ走る悪癖があった。その部分が周りのためなら周りとか関係なく他人を助けるという形の自己犠牲心につながって英女として神々様から選ばれたんだろうけど」

「結果は……どうなったんですか?」


 今まで黙って聞いていたヒアリが恐る恐る手を上げた。生徒会長は長いポニテごと頭を振るい、


「それでも先生はかなりの数の鉄骨を大穴の深度10000以下に設置した。でもその途中で破蓋に襲われたり、事故で大穴の底に落下したりして、多数の英女の命を失っている。10人はくだらなかったはず」

「バカがバカするだけならいいが、周りを巻き込んでるんじゃねえよ……」


 その話にミミミがまた吐き捨てた。確かにこれでは自己犠牲心が人助けになってない。周りに無用の損害を出しているだけだ。

 生徒会長は続ける。


「その後、ついに先生が帰ってこなくなった。さらに英女が神々様から新しく二人選ばれるようになった。つまり先生が死んだか、適正値が下がり続けて英女ではなくなったかということ」


 ヒアリは思わず身を乗り出し、


「そんな……それで先生は?」

「先生が死んだ可能性はあった。連絡手段もないし最深観測所からの情報でも先生の姿は確認できていない。でも、英女ってのは自己犠牲心と他者への奉仕精神を強く持ってる。当然先生を見捨てられず、次々と先生を助けに行った。そして、その間でも何人もの英女が倒れている」


 嫌になるような話ばっかりだったからか、生徒会長は大きく深呼吸してから、


「その後なんとか先生の存在を確認できた。行方不明になってから1週間後。場所は鉄骨のところにいた。大穴の外まで救出されたときには意識も朦朧としてて何が起きていたのかもよく理解できない状態だった」


 ここでナナエが反応し、ポケットから携帯端末を取り出した。

 そして、こないだ鉄骨のところで見つけた、壁に書かれた謎の文字を大量にチェックして、


「もしかして。鉄骨の設置されていた岩肌にたくさんの文字が書かれていたのは……」

「私達からは救助されるまでの間の先生の動きは確認できない。ただ状況的にその文字を書いていたのは先生なのだろう」


 ナナエが撮影した写真を確認する。あの切羽詰まった言葉の連続。普通の精神状態で書けるようなものじゃない。


 生徒会長は続けて、


「その後先生は療養を受けて身体の治療は行えたものの、精神的にはひどい状態になっていた。自分の立てた計画により何十人もの英女が命を落とし、自分を助けに向かった英女も何人も死に、さらに自分の適正値が下がり神々様から見放され英所としても戦えなくなった。おかしくなって当然」

「…………」


 黙って聞いているだけのナナエ。こいつもその状態寸前だったからな。他人事とは思えないのだろう。

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