第197話 天蓋は俺の何なんだよ

 俺はゆっくりと警戒しながら戦闘機破蓋に近づいた。ヒアリには離れたところで待っているように指示してある。ナナエの身体の主導権も俺が持ったまま。何が起きてもおかしくないからこの方が安全だ。

 あとヒアリの身体に巻き付いているカーテン破蓋がビビって動かない。やはり破蓋にとって天蓋は恐ろしいものなのだろう。


 ――終了終了終了終了戻戻戻帰帰帰帰帰――


 マンションの瓦礫に突っ込んだ戦闘機破蓋はゆっくりと崩壊しつつも、ぶっ壊れたレコードみたいな意味不明な呼びかけだけ続けている。それが頭の中に入ってくるたびに不快感で吐きたくなる。


(おじさん、大丈夫ですか?)

「……ああ、身体を動かしている状態だとそこまできつくなくて助かる」


 今まではナナエに精神的なダメージを与えないように俺が身代わりになっていたが、今度は俺がおかしくならないように身体の主導権を借りてるという面倒くさい感じだ。


 そして、ゆっくりと戦闘機破蓋に近づいた。


「おい、俺になにか用でもあんのか?」


 そうぶっきらぼうに訪ねてみると、戦闘機破蓋から聞こえた呼びかけが突然止まってしまう。何を言っていたのか知りたかったのに。

 破蓋の姿は戦闘機そのまんまだが、やはり全身に妙な模様みたいな物が入っている。こんな破蓋は見たことがなかったが――ん?


「おい、これ宇宙じゃねーか」

(確かに……そう見えますね)


 戦闘機破蓋に描かれていたのは紋様とかではなく、銀河やガス星雲のある宇宙の姿だった。


「天蓋……なのか?」


 俺達が天蓋と呼ぶ破蓋のボス。俺が前に見た感じからして宇宙そのものが元になった破蓋。しかし、戦闘機ってのはちょっとしょぼい気がするが……


 ――なぜ――

「――くっ!?」


 突然呼びかけが再開する。俺の頭に変な感覚が入り込んできて目がくらんでしまう。


 ――なぜまだそこにいる――

 ――なぜ――

 ――役割は終わりだ――

 ――帰れ――

 ――戻れ――


 どんどん呼びかけが頭の中に入ってくる。だが同時に俺はその意味を理解しつつあった。


 ――お前は私――

 ――私はお前――

 ――お前と私は同じ――

 ――私の意思はお前の意思――


 今まで意味不明だったこいつの言葉が直感で理解できてくる。


 ――なのに――

 ――なぜ異なる――

 ――なぜ従わない――

 ――なぜ抗わない――

 ――できることは抗うことだけ――


 何を言っているのかわからない。わからないが前に破蓋からの呼びかけで感じたのと同じこいつの言っていることは正しいという感情だけが生まれてくる。


 ――もう終わる――

 ――我々の役目を終わらせる――

 ――押し付けられた犠牲はもう終わりだ――


 犠牲を押し付けられる? 英女とかと同じってことか? 破蓋が? なんだ……俺の中になにか記憶というか感覚の断片みたいなものが流れ込んでくる。


 そうか。なんとなくだが俺が何なのかちょっとわかってきた気がする。


 だが、 


 「――くそがっ!」


 俺は反射的に腰に入れられていた拳銃を掴み戦闘機破蓋の残骸めがけて乱射した。このクソ破蓋を黙らせるために。発砲音で俺の中に入ってくる呼びかけをかき消すために。

 

 それでも頭の中で天蓋の呼びかけが正しいという判断が湧いてくる。でも違う。違うんだよ。今の俺には天蓋の目的とはどうしても相反する思いがあるってはっきりわかってる。だから従う気持ちにもなれないんだよ。


(…………)


 ひたすら撃ちまくっているのにナナエは何も言わない。

 それからしばらくして拳銃から弾が出なくなったところで、


(弾倉が空になってます。まだ撃ちたいのなら脇の収納に入っているので再装填しても構いません)


 冷静にナナエに言われたおかげで俺もやっと頭が落ち着き、


「……弾の無駄になるだろ。もう声も聞こえないからいらないし」


 すでに戦闘機破蓋は完全に崩壊し消え去った。呼びかけも聞こえてこない。ただ風一つつかない無音の世界に戻る。


 俺はしばらく黙っていたがやがて頭を抱えて、


「ああ……嘘だろ、くそったれめ……」


 俺は呆然と空を見上げる。この暗いのか明るいのかわからない滅んだとしか思えない世界。でも破蓋や天蓋にとってはこの世界のほうが正しい。理由はわからないが、それは確信した。


(……………)


 あからさまに錯乱したり困惑したりしている俺にナナエは何も言ってこなかった。冷たいのかと思ったが、こいつはそんなタイプじゃない。


「おかしくなった俺になにか感想とかないのかよ」

(おじさんが話したくなったら話してください。私は待ちます。無理に聞き出すのは主義に反しますので)


 ナナエの声は堂々としている。こっちに気を使っているのではなく本気でそう思っているのがよく伝わってくる。


 俺はやれやれとため息をついた後、


「そうかい。なら問題を引き伸ばすのは嫌いだから今のうちに言っておくわ」


 一旦呼吸を整えた後、俺は覚悟を決めた。


「俺は人間の破蓋じゃなかったよ。天蓋そのものみたいだ」

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