第195話 戦闘機破蓋10
ヒアリの叫び。その言葉には明らかに怒気がこもっている。もしかしてヒアリさん、なんか怒ってる?
今度はヒアリがずっとマントみたいに羽織っていたカーテン破蓋が解き放たれ空高く飛んでいく。
ちょうどレシプロ破蓋が近くを飛行していたが、それにカーテン破蓋が取り付いた。
なんだ、何をやってるんだ? 俺は困惑の一方でどこかワクワクしていた。ヒアリはとんでもないことをやろうとしている気がする。
やがてレシプロ破蓋が霧状に崩壊し始めた。それをどんどんカーテン破蓋が吸収していく。
ほどなくしてカーテン破蓋がまたヒアリのところに戻ってきて、再びヒアリはそれをマントのように羽織った。
「ヒアリさん! 一体何を!」
ナナエが取りかけるが、ヒアリは答えず、今度は道路に飛び出し、
「ぶーん!ぶーん!ぶーん!」
両手を広げまるで自分が飛行機のように走り回り始めた。
頭でもおかしくなったのか?と普通の人間なら思うだろう。
(おいおい、本気か……?)
「ヒアリさんはいつだって本気ですよ……!」
俺とナナエが呆然と見守る中、ヒアリはどんどん走る速度を上げていった。そして、
「いっくよー! 離陸っ!」
そのまま不気味に薄暗い空へと一気に飛び上がった。ジャンプじゃない。飛行機のように空を駆け上っている。
俺とナナエは絶句して声も出ない。ヒアリは前から地上を滑るような飛び方をしていたが、飛ぶというよりちょっと浮いていたレベルだ。しかし、今のは明らかに飛行機と同じように大空を舞っている。
そして、驚きはまだ収まらない。
「このままー!」
ヒアリが舞い上がった先にちょうど戦闘機破蓋が向かってきたのだ。それをヒアリは身体を器用に回転させ一気に破蓋を真っ二つに切り裂く。
(うっそだぁ……)
もう俺はこんな言葉しか口に出てこない。いきなり飛んだだけではなく超高速で飛び回る戦闘機破蓋を一撃で倒す。さすが強いぞヒアリさん――
『駄目っ! 外れてるかもっ!』
そう頭の中にヒアリの声が響き渡った。真っ二つになって落ちていく戦闘機破蓋の姿を追うと、一気に修復されまた高速で飛び始めていた。ちっ、核を切ることは出来なかったらしい。
戦闘機破蓋はすぐにヒアリに方向転換し、今度はミサイルをぶっ放し始めた。あいつ地上に爆弾を落とすだけじゃなくて他の飛行物体にも攻撃できるのか。戦闘機とか詳しくないが、こんな何でもできる戦闘機とかあるんだろうか。もしかして創作物の戦闘機が元になっていて、いきなりロボットに変形したりしないだろうな。
数発のミサイルを背後から撃たれたヒアリだったが、身体を器用に使ってそれを叩き切りなんとか難を逃れる。しかし、戦闘機破蓋は今度は機関砲みたいなので追撃し始めた。
さっきカーテン破蓋がレシプロ破蓋を吸収していたように見えた。あれのおかげでヒアリが空を飛べるようになったとしたら、レシプロ機程度の能力しかないわけで、速度では戦闘機相手では話にならない。
しかし、ヒアリも人間が空を飛ぶという適正を生かして、スキーのように滑って飛んだり急に方向転換してみたり、身体をくねらせて戦闘機破蓋を撹乱したりしてかなり善戦している。
空を飛べないナナエ(と俺)はただヒアリの戦いっぷりを見上げることしか出来ない。
「ヒアリさんが怒るのを始めてみました……」
そうぽつりというナナエ。俺も初めて見た。というかすぐに他人を肯定してしまおうヒアリが破蓋とはいえ相手に怒りに矛先を向けるのは想像できなかった。
でもまあよくよく考えれば当然かも知れない。ヒアリといえば、誰かを守りたいそのために自分が犠牲になってもいいという思いが歴代の英女でも最も強く、あまりに行き過ぎていたため他人のために自分が死ぬことを至上の喜びにしていたほどだ。
もしそんな強すぎる自己犠牲心を持っているヒアリの目の前で、誰かが自分をかばって大怪我をしたらどう思うだろう。自分を責めるだろうが、それ以上にそんな状況を作り出したやつを許せない気持ちになるのかもしれない。
「って、ぼーっとみている場合ではありません! ヒアリさんを援護しないと!」
ナナエは慌てて頭を振ってなにか手はないか考え始める。とはいえ、飛べない俺らでは手の出しようがない。
一方のヒアリはなんとか戦闘機破蓋の後ろを取ろうと小刻みに旋回しているが、戦闘機破蓋も負けじとヒアリの背中を追って機関砲を連射し続けている。核を叩かないかぎり無限に再生するんだからあの弾もなくなることはないから、そのうちヒアリに当たるだろう。一発でも当たれば致命傷になるかもしれない。
「とにかくここから狙撃してヒアリさんから引き離します!」
そう言ってナナエは大口径対物狙撃銃を戦闘機破蓋に向けて発砲するが、全く当たる気配がない。あの速度でしかもくねくねと旋回しているから狙いがつけにくいのはわかるが……
(いつものお前ならこのぐらいの距離なら外さないだろ。なんか問題があるのか?)
「……大穴の戦いを基本に訓練していたので空に向かって撃つの得意ではないんです」
そう悔しげに唇を噛むナナエ。確かに大穴で戦うときは破蓋は下からやってくるんだし基本下に向けて撃ってたよな。
「せめて瓦礫や足場で銃を安定した状態で上に向けられる場所があればいいんですが……」
辺りを見回すが木っ端微塵になったマンションと無事なマンションどっちとも上に向かって撃つ姿勢を作れそうな場所が見当たらない。
(つっても周りになにも――ん?)
俺はそこで俺はずっと前に見たテレビ番組のことを思い出した。
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