第226話 やりたい人とやれる能力が一致するとき

「何を馬鹿げたことを言ってるんです!?」


 俺の話を聞いたナナエが怒声を超えた罵声を上げていた。わざわざ部屋の隅で二人だけで話していたのにでかい声を出してしまったので、他の連中の視線が一斉に集まってしまう。


 ナナエは慌てて、


「ちょっちょっと待ってください。おじさんがあまりにも愚かなことを言い出したので今問いただしているところです。終わったら話しますから」


 そう言ってからまた口には出さずに、


(そんなこと無理に決まっているでしょう! 仮におじさんの話をヒアリさんに伝えれば確実にやると答えます。しかし、人間を相手にヒアリさんに戦わせるのはあまりにも……)

(いや無理じゃない。というかできる可能性があるのはこの中どころか世界中探してもヒアリ1人だけだし)


 俺は迷いなく言い切った。しかし、ナナエは認めようとしない。気持ちはわかる。俺も同じことを言うやつがいたら蹴飛ばすだろう。


 しかし、俺のプランを実行できるのはヒアリしかいないのだ。

 その作戦は先生に完全に勝利すること。その内容は、


 ・こちら側にこれ以上負傷者を出さない

 ・攻撃してきた戦闘員たちも全員無傷で拘束する。方法はロープなどを使って動けなくするとか。


 この二つだ。

 先生の目的は間違いなく英女側の揺さぶりだ。ここで皆殺しにされるのならそれでよし、仮に英女が抵抗して戦闘員を全員殺したとしても英女側の精神的ダメージが大きく、英女としての適正値を失う可能性がある。このやり方に打ち勝つためるためには、この学校敷地内でこれ以上敵も味方も誰も傷つけないということだ。


 正直あまりにも非現実的だし不可能だというのはわかる。実際にナナエには無理だろう。


 しかし、ヒアリならどうだろうか。神々様に愛され日に日にパワーアップしている能力は神がかっているレベルに達している。そして、ヒアリ自身も敵も味方もこれ以上誰も死んでほしくはないと考えるタイプだ。


 この無茶苦茶な作戦を実行できる能力を持ち、なおかつ自分の意志と一致しているのはヒアリしかいない。


 俺はもう一回ナナエにこの作戦の話をする。ナナエは目くじらを立てっぱなしで受け入れようとはしなかったが、


(……わかりました。まだ了承はしませんが、まずヒアリさんに聞いて――」

「ひえっ!」


 ナナエが振り返ったところにちょうどヒアリがいたので思わず変な声を出してしまう。だがヒアリはお構いなしに、


「ナナちゃん! その作戦、私がやるよ!」


 そう鼻息を荒くして答えてきた。俺とナナエのヒソヒソ会話は基本ヒアリには筒抜けだから、自分から手を上げに来たのだろう。


 だが、ナナエは難しい顔で、


「ヒアリさん。相手は人間です。彼らは敵であり、こちらを殺すことにためらいもない精鋭だと考えられます。そのような相手を全く傷つけず、拘束するのは不可能と言ってもいいでしょう! もし誰か1人でも傷つけてしまえばヒアリさんの精神的外傷が大きくなり、最悪立ち直ることができなくなる恐れだってあるんですよ!」


 その話を非常に真面目な顔で聞いていたヒアリだったが、


「できるよ。やってみせるし、やってみたい。おじさんが作った作戦は私がちょっと考えていた通りのと同じなんだよね。ここで誰も傷つけたくないって」

(お前の反対する気持ちもわかるし、俺も本心では反対だよ。こんなのヒアリに絶対やらせたくねえに決まってる。でもヒアリはこう言ってるし、できるのもヒアリだけ。ならここは甘えたほうがいい。時間もないしな)


 俺が真面目な口調でヒアリに賛同すると、ナナエはしばらく苦渋に満ちた顔だったが、


「……わかりました。ヒアリさん意志を尊重します」


 そう認めて、ミミミとクロエに作戦の内容を話す。聞いた二人もあまりいい顔はしなかったが、仕方がないと認めた。


「ですが、その前に準備をしなければなりません。その前に戦闘員の拘束の仕方を予習する必要があります。紐のようなものはありませんか?」


 ナナエが周りを見回していると、ミミミが手を上げて、


「おう、あるぞ。この部屋には風紀委員を縛り上げるために保管してた頑丈な紐がたくさんあるぜ。手だけで切るのは不可能なやつだ」

「今は細かいところは見逃しておくわ……」


 ミミミが部屋の隅のダンボールから紐を引っ張り出してくる中、クロエはあきらめモードでため息をついた。


「あまり時間がありません。とりあえず簡単に人間1人を完全に動けなくする縛り方をヒアリさんに習得してもらわなければ……しかし、意外とどうやったら無力化できるような縛り方ができるのでしょうか、むむむ……」

「私が教えるわ。ちょうど工作部の連中を縛り上げて連行していたのがうまく使えそうだしね」


 そうクロエは苦笑しながら、ミミミの身体を使ってヒアリに縛り上げ方を伝授し始める。ミミミも縛られなれしているおかげか無駄なくヒアリも学習できているようだ。まさかこんなことが非常事態に役に立つとは思いもよらなかったね。


 その間ナナエは外を見入っていたが、


「……動き出しました。校門に向かっていることから目的地は学校ではなくおそらく寮だと思います。入り口で叩きます。ヒアリさんいいですか?」

「うん! 大丈夫だしりょーかいりょーかいだよっ!」


 なぜか嬉しそうなヒアリ。まさかまた誰かのために死ねるって喜んでいたりしないだろうな……

 俺は恐る恐るヒアリに、


(さっきもいったけどこの作戦は先生に対して完璧に勝つことだからな? お前もノーダメージ―――無傷で終わらさなければ失敗だ。そのへんのところ気をつけてくれよ)

「わかってるよ。ナナちゃんとおじさんとの約束も守るよ。それで完全勝利だね」


 その俺の問いにヒアリはにっこりと微笑んだ。



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