第94話 ロボット破蓋4
ナナエは自室を飛び出すと真正面――ではなく同じ団地の棟1階のヒアリの部屋に向かう。今のヒアリは両足が動かない。しかし、この旧式の団地にエレベーターなんてものがあるはずがなく、自力で5階まで上がるのは不可能だ。
最初はナナエがヒアリを5階まで運んでいたが、法律的に介護の資格がない人間がそういうことをしてはいけないらしく、ナナエ自身ももしバランスを崩してヒアリを落としてしまえば大惨事になる可能性を危惧していた。英女なので多少の怪我をしたところで回復はするだろうが、用心に越したことはないだろう。
結局1階に住んでいた生徒が快くヒアリとの部屋の交換に応じてくれたので、今は一階に引っ越している。ヒアリはナナエと少し離れるのを残念そうだったが、そういうことで駄々をこねるようなタイプでもないので受け入れていた。
しかし、1階でもヒアリは全く歩けないので部屋から学校に装備を取りに行き大穴まで連れて行くのはナナエの仕事だ。
1階のヒアリの部屋の前に立ったナナエはチャイムを鳴らそうとする。しかし、直前に指が止まった。
「……くっ」
ナナエは唇を噛む。迷っているのだろう。さっき俺がヒアリのひん曲がった自己犠牲心について話してしまったため、戦いに参加させていいのかと躊躇うのは当然だ。
(悪いな。とんでもないタイミング――状況で話しちまった)
「おじさんのせいではありません。悪いのは空気も読めずにこんな時間に浮上してくる破蓋の方です」
(それは同意だが……)
とはいえやはり後味が悪い。くっそ、こういう思い切って何かをやったときにうまく言った記憶がない。やっぱりこの世界に神様がいるってなら絶対敵だろ。
ナナエは数回頭を振って意を決してチャイムを鳴らそうとしたが、パッパーと自動車のクラクションが夜の団地(寮)に響き渡った。見れば、団地の棟の前に軽トラックが止まっている。
「ウーイ!」
そこから顔を出して手を降っているのは工作部のミミミだった。隣の運転席や後部座席にはハイリとマルが座っている。
ハイリは運転手から飛び降りて、
「うーっす、装備とかは全部持ってきたぞー。あとはヒアリを乗せて大穴まで直行するタクシーだ。乗っていくかい? 料金は特別無料だ!」
ノリノリのハイリ。どうやら工作部は破蓋との戦いに参加するのが嬉しくて仕方がないらしい。
ナナエはすぐさまヒアリの部屋のチャイムを押して、
「すぐに行きますので、そこで待っていてください!」
「おーっす」
そう答えを聞きながら、ヒアリの部屋の鍵を取り出し中に入る。今のヒアリは鍵を自分で開けるのも苦労するので合鍵をナナエが持っているのだ。
「あっ、ナナちゃんごめんねー。でも、もうひとりで着替えは終わってるよっ」
中には床にぺたりと足を伸ばして座っているヒアリがいた。すでに戦闘服に着替え終わってもいる。両足が動かないのに起用なことをするものだ。
「今行くからちょっとまってね。うんしょ、うんしょ」
「こちらから行きますのでヒアリさんは無理をしないでください」
床を這いつくばってこちらに向かおうとするヒアリにあわててナナエが駆けつけて抱きかかえる。ううっ、ヒアリのこんな姿を見るのは辛い、辛すぎる。
ナナエはヒアリは抱えあげると、
「外に工作部の人達が待っています。それに乗って大穴に向かいますよ」
「おー、工作部の人達にもお礼をいわないとね!」
ヒアリは屈託のない笑みでそういった。
両足が動かないのだから本人も相当な生活の負担になっているだろう。それでもヒアリの表情も態度は何も変化がない。いつもの明るく優しく誰かのために尽くすだけのヒアリのままだ。まるでこの両足が動かないことを誇らしいのではないかと思っているのではないか。それぐらいヒアリは自然にこの苦難を受け入れている。
ナナエはヒアリをいわゆるお姫様抱っこの状態で部屋から出る。
「お、結婚式か? おあついねー」
「今は破蓋の浮上中ですよ。余計な雑談などしている暇はありません。私達はどこに乗ればいいんですか?」
「軽トラックの後ろの荷台によろしく。そこで移動中にヒアリに装備を付けちゃうからさ」
ハイリの指示通りに軽トラックの荷台にナナエはヒアリを乗せる。
「ごめんね、手間を掛けさせちゃって」
「何を言っているんですか。仲間が助け合うのは当然です。それにヒアリさんがそのような状態になってしまったのも、もとを正せば私が気絶していたせいです。謝らなければならないのは私の方ですよ」
「そ、そんなことないよー。ナナちゃんだっていつも破蓋さんの攻撃を避けてるけど、どうしてもあたっちゃうときだってあると思うよ」
「ハイハイ、そこの二人、無駄な話をしている余裕はないんだろ?」
そこで軽トラックの運転席に乗り込んできたハイリが後部座席の後ろの窓からナナエたちの方に首を突っ込んできた・
同時にミミミとマルが軽トラックの荷台に乗り込んできて、
「ウィウィウィ」
「時間がなくて劣化がなかったか調べただけです。気をつけてください、と言ってます」
「ありがとー。これさえあれば100人力だよー」
ここで突然背後から自転車数台が迫ってきた。
「コラー!」
「うへえ……こんなときにまーた風紀委員の連中だよ」
ハイリがげんなりとした顔になる。大方、自動車を勝手に乗り回していたから文句を言いに来たのだろう。
自転車を降りて軽トラックにかづいてきたのは黒髪でスタイルバツグンの生徒だった。腕章から見ても風紀委員だとすぐに分かる。
「あら英女の二人も一緒なの?」
「はい、破蓋の浮上について情報が出たのでこれから大穴へ向かいます。工作部の人達には協力してもらっています」
「でも破蓋が現れたときは生徒たちは自室や教室で待機しているのが決まりだから……」
難色を示す風紀委員。まあ英女じゃない生徒は危険なのは間違いない。
「問題ありません。先生には話を通してあります」
「え? そうなの?」
黒髪の風紀委員が後ろの別の風紀委員に尋ねるが、知らないと首を振っていた。ナナエは怪訝な顔をして、
「前に言っておいたはずですが……」
「てことはこっちに話をするを忘れている状態か……あの先生は本当にもういつも肝心な話をし忘れるんだから……」
呆れ顔で額に手を当ててしまう黒髪風紀委員。おいおい、そっちもホウレンソウ出来てないのかよ。てか、あの先生やっぱり抜けてるところがかなりあるよな? 大丈夫かよこの学校。
「とにかく時間がありません。今は状況が状況ですし、工作部の人たちは大穴の入り口で私達を降ろしてもらったとにすぐに寮に帰ってもらいます」
ナナエはちらりとヒアリの方に視線を向ける。黒髪風紀委員も両足の動かないヒアリの方を見たあと、そっちナナエの耳元に口を寄せて、
「やっぱり――」
そこまで言いかけてから、
「ごめんなさい。今回はこちらの不備なので任せます」
すぐに離れて戻っていった。あの黒髪風紀委員は沈痛な表情をしていた。恐らくヒアリをあの状態で戦わせていいのかと言いたかったのだろう。
風紀委員たちが帰っていったあとにまたナナエはトラックの荷台の上に登り、ヒアリの装備を整え始めた。
そして、ナナエとヒアリを乗せた軽トラックがエンジンを噴かせながら大穴に向かって走り出した。
ここでふとどうでもいいことを思い出した。
ハイリがさっきこの車のことを『タクシー』と言ってなかったっけ……
そこまで考えてからすぐに頭から振り下ろす。今はどうでもいいことだ。憶えていたらあとでナナエに聞いてみるかな。
そんな事を考えているうちに、工作部の自動車は大穴近くまでたどり着いていた。
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