第209話 嫌なこと

 クロエがこっちにこいと手招きしつつ、


「で、どうだったのよ」

「とりあえず今まで通りのことを言っておいたら政府の無人機はどっかにとんでいったなー。今までとな~んもかわってねーってところ」


 ハイリがそういういつもの自信たっぷりな顔に本当に戻ってこれたんだなって安心してしまう。

 一方ナナエは難しい顔で、


「先程放送でハイリさんたちがこの敷地の入り口の前で映っているのを見ました。あれはどういうことなんですか――ひえっ!」

「おー、ナナエじゃん! よかった本当に無事だったんだなー!」


 そう言ってハイリがナナエに抱きついてきてナナエが小さな悲鳴を上げる。さらにミミミとマルまで加わり、


「ウィウィウィウィウィウィ! ウーーーーーーーーーーーーーーーーィィィィィィィ!」

「言葉にならない喜びだそうですよ」

「私は気にしないからミミミさんは普通に喋ってくださいよ! あと暑苦しいので離れてくださいー!」


 そう言って工作部の連中を引き離す。俺的には女の子に囲まれて悪い気分じゃないんだが。こういうのがトランスジェンダーとかいうやつか? いやしかしナナエの人格もそのままだし身体の主導権も俺にはないし、なんか覗き見しているみたいだな、フヒヒヒ。


(気持ち悪いからやめてください)


 俺が変な笑い声を出していたらナナエが心底嫌悪感丸出しになってしまう。それからやっと3人を引き離しゼイゼイしつつ、


「とにかくです。あの放送で言っていた破蓋との和解という話について詳しく聞かせてください。大穴に落ちて戻ってくるまでにいろいろありすぎたせいでもう何がなんだかわかりません」


 ここでヒアリが急に生徒会室の椅子をずるずると持ってきて、


「まあまあナナエさんや。落ち着いて茶菓子でも食べながらお話しましょう」


 なぜかおばあちゃん口調で言ってきた。ヒアリも自分自身を落ち着かせたいのかもしれない。


「……そうですね」


 ナナエもそういって椅子に座った。ヒアリも隣に座る。


「どうぞ」


 どこからともなく持ってきた茶と茶菓子を机の上に乗せるマル。手際早っ。

 ヒアリはボリボリせんべいを食べ始めたのを尻目に、クロエが話を始める。


「あいつらにやらせると話がややこしそうになるから私が説明するわ。さっき先生が放送で言っていたことは理解できてるわよね?」

「……はい。先程の先生の発言を聞く限りでは、私達が破蓋に協力して人類滅亡を企んでいると」

「そう。あなた達が大穴で消息を絶ったのと同時に、先生もこの学校から消えたわ。とはいえ、先生がいなくても生徒会だけでずっと学校の運営はやってきたし、影響も特になかったから、ほったらかしてあなたたちの捜索に力を入れていたのよ」


 相変わらずひどい言われようだ。学校を仕切っていた執行部の連中の先生に対する評価がよくわかる。


「大穴内部を調べていて、最深部の観測所などが徹底的に破壊されていることがわかってやっと先生を探し出して事情を聞こうってことになったんだけど、いきなり放送で私達が反乱を起こしたみたいに会見してるでしょ? 生徒会が大混乱よ」

「待ってください。それじゃ生徒たちも大混乱になったのでは?」


 そうナナエが指摘すると、ミミミが手を上げて、


「ウィウィ」

「幸い先生の意味不明な会見が行われたのは授業中でしたので、私達が即座に放送を遮断しました。その後も機材が不調だからという理由で今でも視聴できないようになっています」


 そうマルが通訳する。相変わらずなんでもありな連中だな。


「なー? あたしらがいざって時に電波を妨害する装置を作ってて正解だったろー? 前に面白半分で放送を全部見れなくしたら反省文100枚も書かされたけど、結果的に正しかったってことだよなー」

「そういうのを怪我の功名っていうのよ!」


 偉そうにするハイリに目くじらを上げるクロエ。だが、すぐに気を取り直し、


「まあそういうことで生徒たちには大きく広まってはないはずよ。この話を知ってるのは執行部でもあたしや生徒会長、あとは工作部の連中ぐらいね」

「よかったです。適正値の高い生徒たちが先生の暴言を知ればひどく傷ついたでしょうし……」


 ナナエはほっとする。しかし、ヒアリはやや顔を曇らせ、


「でもでも……隠し事をするのもあまりいい気分にはなれないよね。大変なことになっててそれを知らないままでいるなんて……」

(いやそれは違うと思うぞ)

「え?」


 俺のツッコミにヒアリが反応する。


(だってさ、世の中たくさん不幸があるじゃん? 戦争で人が死んだとか、交通事故で怪我をしたとか、飼ってた猫が死んだとか、財布を落としたとか、アホみたいに残業や休日出勤をしているのに時給が上がらないとか、新しい現場に行ったらうるせーおばちゃんがいたとか)

「最後のただの愚痴ですね」


 ナナエに突っ込まれたので、


(うっせ。ともかく世の中にはろくでもないことばっかりだろ? でもいちいち全部知ってたら身が持たないし。知らないことは知らないまんまでいておけばいいんだよ。無理に知ったところでいいことなんて何もないし嫌な気分になるだけで時間の無駄になることのほうが多い。これが一番楽ちんな方法だ)

「そうなのかな……」

「おじさんのいうことなんてまともに聞いても仕方ありませんよ。でもくよくよ考えても仕方がないのは確かなので私達がさっさと先生の問題を解決し、その後に事後報告するのが一番生徒たちにも安心できるやり方だと思います」

「そうだね! そうしよう!」


 ヒアリはナナエの手を握って喜ぶ。はー、ヒアリの手の感触が知りたい。今すぐナナエから身体の主導権を借りたいものだ……が、


(おじさんが邪な考えをしている限り身体は貸しませんよ!)


 俺の欲望を察しられてしまい睨まれてしまった。

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