第128話 風呂

「ウィ! ウィ!」


 ミミミは鼻息を荒くしてすぐにノートとペンを走らせて探査機の構想を練り始めた。それをマルとハイリがそばについてあーだこーだとやり取りを始める。


 が、ハイリだけこちらにくるりと振り返り、


「そうだ。ナナエたちが寝ている間に風呂も用意しておいたから好きにつかっていいぞー」


 そういってテントから少し離れたところにあるでっかいビニール製の風呂桶を指さした。災害現場とかにおいてあるようなのだ。しっかり湯沸かし器までついている。本当にここでしばらく生活できてしまいそうだ。


 が、


「あー……」


 ここでハイリが困ったような顔をナナエに向けてきた。というか俺に対する視線だろう。工作部も英女二人も少女だ。そんな中に中年のおっさんが混じっているんだからそりゃ風呂なんて入れるはずがない。


 ナナエはわざとらしく咳払いして、


「というわけでおじさんはさっさと私の中から出ていってください」

(無理だって言ってんだろ)

「これではせっかく作ってもらったお風呂が利用できませんよ!」


 俺らがぎゃーぎゃー言い争ってると、


「わ、私もちょっと恥ずかしい……」


 ヒアリはそんなふうにもじもじしていたが、すぐに拳をぐっと握ると、


「でも! おじさんがどうしてもっていうなら私がんばっちゃうよ!」

「そんなことに頑張ってはいけません!」


 とんでもないことを言い出したので、ナナエが仰天してしまう。

 一方俺はひたすら苦悩だ。ヒアリと一緒に風呂? 女の子と風呂に入って嬉しくない男がいるだろうか。しかし――しかしだ! ヒアリはとてもいい娘なわけでそんな善意に対して俺が下心丸出しにして風呂に突撃とか罪悪感にかられてしまう。ヒアリの性格上、おそらく嫌がったりはしないだろうけど、そんなヒアリに俺自身が辛くなってしまう。いつもは自分のためだとか言いながらもさすがに他人に無駄な被害を与えたくないわけで、だからこそいつもひとりぼっちでいるのが楽ちんだとかいう生き方を続けていたんだから、こういう選択を考えている時点で俺自身の酷いストレスになることを考えれば、こんな選択などないに決まってる。そもそも安易に女性に近づくとチカンに間違われたりするかもしれないし、なんだっけ、ミートゥーとかいう女性によるセクハラ告発運動がネットで叫ばれたりするようになったから、偉い人たちも女性に近づかなくなったとかいうことを加味すれば――


(さっきからなに唸ってるんですか)

(ちょっと考え事だよ)

(まさかヒアリさんと一緒にお風呂に入ることではないですよね? もしおじさんが入るとか言った時点で、私は大穴の底に飛び降りてしまいますから覚悟してくださいよ)

(声が怖い。マジやめろ。そんなことしたりしないから安心しろ)


 ヒアリを守るためにどんなことでもやってきそうなナナエの空気に気圧される俺。まあどのみちヒアリと一緒にお風呂とか罪悪感で死ぬから答えはノー以外ない。


 そこにヒアリが恐る恐ると、


「……おじさんは?」

「そんなことはしないと言ってます。ごくごく稀に良識のある判断をするので助かってます」


 ナナエがそう答えているところにハイリが首を突っ込んできて、


「じゃあナナエはいつも風呂とかどうしてたんだー? 分離とかはできないんだろ?」

「お風呂に入るときは風呂場を真っ暗にしています。私に見えなければ、おじさんにも見えませんから。同様に部屋の窓も全部塞いで着替えるときは明かりを落として真っ暗にしています」


 それを聞いたハイリはふんふんと頷いて、


「ほーなるほど。あ、でもそれなら便所――」

「はいはい、ハイリさん余計なことを聞くのはそこまでにしておきましょうか」


 そこまで言いかけられたところでマルにヘッドロックをかけられて引き離されてしまった。まあウンコはどうするんだ聞き始めたら普通は咎めたくなるからな。


 が、ナナエは構わないと首を振って、


「お手洗いのときは目隠しをしています。あと音楽を流して音なども聞けないようにしています」

「て、徹底してますね……」


 堂々と話されてしまいマルのほうが恐縮そうだった。俺もさすがに不安を覚えてしまい、


(そんなこと教えないほうがいいんじゃないのか)

(なにを言っているんですか。教えなかった場合、おじさんと一緒にお手洗いに入っているだけだと思われてしまうんですよ。こういうときはきちんとどうやって対処しているのか伝えて当然です。誤解てはたまりませんからね)


 ナナエはそうきっぱりと答えた。確かにあやふやな回答とかしておくと、知らない間に周りが事実を作り出していたりするからなぁ。


 結局、他の女が風呂に入っている間と、ナナエ自身が風呂に入る時はナナエが目隠しをしてくことに決まった。

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